私が強く惹かれるヒロインのタイプに、「桜系ヒロイン」と名付けてみる。この名は、桜が美しく咲き乱れるも、間もなく散ってしまう儚さ、切なさに関連させている。

例を挙げれば、エヴァンゲリオンの綾波レイ、攻殻機動隊の草薙素子(映画版)、最終兵器彼女のちせ、銀河鉄道999のメーテルなどである。

定義ポイントは
①ある相手になんらかの好意を抱いているが、運命のために苦戦、もしくは諦念を抱いている。

②秀でた能力を持っているが、同時にそれは彼女たちに葛藤を与えている。

そして「桜系」という表題を表題たらしめている要素が、
③たとえ運命に立ち向かうことにしても、なんらかの形で「完全に」彼女たちの思いが成就されることはない。

というものである。

彼女たちは極めて日本人的と言えはしないか。

桜系ヒロインに対し抱く感情は、「もののあはれ」である。

諸行無常や哀愁、「ああ」と声に出してしまうなんともしがたい感情を指す「もののあはれ」理念とこれを象徴する事物のひとつである「桜」は、美しく、可憐に運命に立ち向かうも翻弄されてしまう彼女たちに通じる。

また、「もののあはれ」を生み出した「源氏物語」の中のほとんどのヒロインがなんらかの葛藤を抱え、ハッピーエンドとは言えない結末を送っていることは、現代の日本に現れた桜系ヒロインにまで日本人のひとつの女性観としての「もののあはれ」理念が通じていることを示唆している。

こうした「美」をプラスの意味として単純に「強さ」と表現すると、この「強さ」と運命に翻弄される「弱さ」を介在させた日本人の美的感覚こそ、平安から平成まで人々の胸を締め付けていたあのなんとも言えない、切ない感情を生み出していたのである。