前回のお話はこちら。

 

3回目の出血で、

1回目→左手、左足に軽い麻痺、軽い構音障害

2回目→1回目の障害が少し重くなる

 

そして3回目の出血で、右手、右足の麻痺、構音障害の重篤化。

血管腫自体も大きくなっていて、ゆるゆると出血している状態。

場所が脳幹なので、左右のどちらかに出るわけではないのがとてもやっかいです。

 

担当医のY先生も、MRIの画像を見ながら説明してくださっているのですが、この時世の中はコロナの新しい株が出現して、厳戒状態。

とりあえず、母はSCUで管理を受けながら今後の事を先生と話し合うことになりました。

4/8に入院して、4/22にはSCUから一般病棟へ移りましたが、

「ちょっと今後のことについて話したい」とY先生から電話がありました。

 

4/24に

「点滴で出血は収まっているが、血管腫が大きくなっていて、前回のようにリハビリ病院に行っても、障害がゆっくりと重くなっていくと思う。あとはいつ出血するか分からない状態だから、手術を考えても良いかもしれない」

Y先生からそんな打診がありました。

脳幹は手術が非常に難しく、Y総合病院に出向で来ているM大学病院の脳外科医のチームの方の一人、U先生と4/30に面談をすることになりました。

この時は、母も車椅子で一緒に説明を聞きました。

 

手術のリスク→場所が脳幹なので、ギリギリを攻めるが全部は取り切れない。後遺症が残る可能性が大きい。

手術のメリット→再出血はかなりの確率で抑えられる。

 

母の答えは「手術は嫌だ」でした。

でしょうね。怖がりですし。゚(゚´Д`゚)゚。

 

U先生はお若い先生ですが、とても穏やかで優しい方です。

「ご家族の方と相談をして、ゆっくりお考えください」

と言って頂きました。

 

この時、母は既にメールを打てなくなっており、面会できない状態ではコミュケーションを取ろうとしても難しい状況でした。

Y総合病院はレンタルパジャマのみで、下着は毎週届けていたのですが、尿取りパッドやリハビリパンツも届けていました。

病院のを使っても良いのですが、高額になってしまうので週に1~2回、お届け。

 

前の時の入院時にお世話になった看護師さんや、ソーシャルワーカーのHさんに母の状況をお話して頂いて安心したものです(面会ができないため)

それでもY先生はインフォームドコンセント(2週間に一度は呼ばれた(;´Д`)

の折りに、母を連れてきてくださいました。

 

「母さん、手術は怖いと思うけれど、私は母さんにもう少し長生きして欲しいよ?」

あれほど手術を怖がっていた母ですが、私のその言葉に頷いてくれました。

構音障害のある言葉で精一杯母が紡いだ言葉は

「そうね、でも、手術して、おトイレに行けなくなったら施設に入れてね。ごめんね」

と。

 

年齢的にも、手術を受けるギリギリの70代前半。

 

5/25

この日はダンナも一緒にY総合病院で、M大学病院のU先生、総合病院のY先生と共にインフォームドコンセントを受けました。

 

6/15にM大学病院に転院→7/4にメイン執刀医のG先生やチームの方と面談→7/6に手術→状況を見てY総合病院に戻る→リハビリ病院に転院→自宅もしくは施設

 

とざっくりとしたスケジュールが組まれました。

 

出血は収まったものの、3回目の出血で母の状態は確実に悪くなったと分かるのと、積極的治療をしないと、ちょっと危ないかな?

オブラートに何重にも包んではいますが、Y先生は大事なことはハッキリとおっしゃってくださいました。

 

6/15に、母はM大学病院に転院しますが、病院の救急車で搬送してくださいました。

病院にも救急車はあるんですね(初めて知った(;´Д`)

いわゆる消防署の救急車とは用途は違いますが、あるのだそうです。

 

看護師さんに見送られ、なんと、Y先生自らが乗り込み(え?先生、いつもめちゃくちゃオペ着を着てて忙しいよね?と思った)

M大学病院に到着。

 

7/4のインフォームドコンセントまでは、母とは一切!会えません。

緩めだったY総合病院とは違って、大学病院は面会については厳しかったです。

 

 

この時、ケアマネさんと連絡を取り合って、デイサービス、訪問リハビリを一回解除して貰いました。

どう頑張っても、年内いっぱいは入院になりそうでしたので。

 

転院の際、私も一緒に救急車に乗ったのですが

「しんぱいかけてごめんね」

と何度も不自由な口の動きで話す母に

「心配をかけられるのが嬉しいんだから、もう言わないの」

「ありがとう」

という話をして、ずっと手を握りました。

 

4月に入院したときは、また前回のようにリハビリ病院で少しは元気になって、一緒に暮らせる、と思っていたのですが、もしかするとそれは無理かもしれない。

 

介護24時間か?それとも施設か?

うっすらと頭をよぎりましたが、何より7月の手術が成功してくれるのが大事です。

 

脳幹血管腫の手術の論文を読みあさったのもこの頃でした。

そして、7月の手術を迎えます。