2025年になりました。我が家は喪中ですのでおせちなどは用意しませんでしたが、お雑煮などを作り、新年を迎えました。
「去年はいろいろご心配をおかけいたしました。今年もお互いに健康で仲良くいましょう」
とダンナに告げます。
結婚する時、私は一人っ子なので
「両親の面倒を見なくてはならなくなるだろうから、同市内にしか住めないし、なんならタクシーで行ける距離にしか住めません」
結婚前に4年ほどお付き合いしている間にもずっと言い続けて来ました。とはいえ私の亡くなった両親は若い頃結婚しているので、介護とかはまだまだ先の話だろうけれど、と思っていたのですが、父は74歳、母は去年の秋に75歳で亡くなっています。
そんな私ですが、長男にも関わらず、私の名字にしてくれましたし(選択制夫婦別姓法案を通す!と民主党が言ったため、結婚式から入籍まで間が空いたことをまだ少し恨んでいる(笑)
ダンナのお母さんとお父さんももう亡くなっているので、子供のいない私達は、ダンナの姉弟以外は身寄りがないわけです。
ダンナは鼻をすすりながら(涙ではない、年末に風邪をひいたから)
「健康でいてね」
と言ってくれました。お互いですがな。
子宮体がんの腹腔鏡手術から10日経っていますが、食欲はずいぶん戻りました。まだ出血はありますが、これは術後の診察の時に聞いてみようと思います。
1/6~副業に時間を減らして出勤しましたが、もう、これが、疲れる(;゚ロ゚)
私がいない間、ずいぶん苦労しただろう他の方々が縋るような目で私を見てきましたが、あくまでこれ、副業ですし(本業は重い物を持つことが多いため、代理を立てて&リモートで出来ることはそれで凌いでいる)
ここから2月の中旬まで、ウルトラ繁忙期に入る副業先ですが、今、インフルやコロナになったら「重症化リスク」に入る私は絶対に伝染りたくない。
しばらくは時間を減らしての出勤、ということになりました。
ここで、困ったのが、直属の上役が独身男性で、病名を話しづらい(きちんと話さないと、手術した、だけで済まされてこき使われそうな予感がしたので)
仕方がないので妻帯者である社長に連絡しましたとも。
というわけで、時短が認められました。
仕事復帰して2~3日は、家に帰って来たら動きたくないくらい疲れていました。
1/9(木)
術後最初の検診です。
手術中に採った腫瘍の病理検査の結果が分かる日で、ちょっとドキドキしながら午後の病院に行きました。
15:00の予定が、「あれ?おかしいな」くらい呼ばれないので診療科受付に行ったら、私、まさかのファイル持ってくるのを忘れて慌てて総合受付へ。
(再診の歳に診察券を通すと、紙と一緒に下からファイルが出て来るのを失念していて、上に上がっちゃったんですね。母の病院付き添いでは慣れていたはずなのに、やはり緊張していたのでしょうか。
この日の診療は受付スタッフさんは怖くなかった(笑)「すみません」を連呼しました。
ただ、「血液検査にマーカー検査が含まれている時は1.5時間前には来ること」
は聞いてなかったので、ええぇ・・・
さて、M先生とご対面で、
1/2~少し出血が逆に多くなった気がすること、が気になっていたので告げました。中で縫った糸が溶けてくるので、術後1~2ヶ月はあるとのこと。
その後内診をしますが、血腫などはなかったので、
※血の塊が出た場合
※一日に何度もナプキン(おりものシート)を換えなければならない
時にはすぐに連絡してください、とのことでした。
何しろ、術後で少しの変化でも気になるものです。
そして病理検査の結果ですが、ステージは1aでグレードは1、術前と変わらない病理結果で、追加治療(放射線とか、抗がん剤とか)は今のところなくて良いとのことでした。
ただ、3ヶ月に一度定期検診で、血液検査と内診をすること、5年はそれが続くこと、と伝えられました。
M先生、画像を見せてくれるときには、PCの画面を向いているのですが、
「何かご質問はありますか?」
と言う時には、椅子ごとこちらに体を向けて聞いてくださいます。
初診の先生のあのフランクっぷりは、あれは性格なのでしょうな(笑)
たぶん、結構上の方の先生だと思うんだけれど(すごーく上ではないと思う。その病院の悪性腫瘍の第一人者は、たぶん紹介状とかないと診てもらえなさそうな感じ)
いくつか注意事項を言われて、次の検査は3月の半ばになりました。
そこで
「血液検査にマーカー検査が含まれているので予約の1.5時間前に来て血液検査を先に受けてほしい」
と言われました。
実際、特急で挙げてもらったこの日の血液検査のマーカー検査だけ間に合わず(もし何かあればすぐにご連絡します、とのこと)
今のところ来ていないので、大丈夫でしょう。
14:50に病院に着いて、私のファイル置き忘れもあり、病院を後にしたのは17:00。
ダンナには帰り道でラインをしたら、速攻で「良かった・・・」と返事が来ました。
朝から心配してくれていましたからね。
親友2人のもラインして、3月頃に会おうか、という話になりました。親友2人のうちの1人は5年前に乳がんを患い、手術、放射線、抗がん剤治療をしています。
本当に心配してくれて、3人組の親友なのですが、学生時代から早35年来のお付き合い。心配をかけてしまいましたが、入院中もずっと心の支えだったです。
このブログももはや備忘録と課しているので、定期検診を挙げつつ、父母の介護のことなど書いていこうと思います。