「じゃあお前は、友達が死ぬって言ったら一緒に死ぬのか?」
どんな状況で言われたのか覚えていないが、こんな言葉を思いだした。
おそらく 友人と一緒になって悪さをした時、学校の先生かおまわりさんが・・・
「悪いことをしているなら 友人を止めるべきだ」と諭す為に言ったセリフの一部だろう。
高校3年生の男子が、同学年の女子友達に「殺してくれ」と頼まれたから殺害したというニュース。
誰もが「なんてバカなことを」とか「本当にやるかねぇ」などと思ったはずである。
当たり前ながら、自分はそんなことを頼まれた経験が無い。
それゆえ、自分も同じ意見であり理解もできないが・・・
この男子高校生も 何度となく止めたはずであり、葛藤の中で出した最終結論だったのだろう。
心底苦しみ抜き疲れ切った少女を前に、やさしさから出た一瞬の狂気であることを信じたい。
“自殺願望”と“自殺実行”、同じようでその差は非常に大きい。
正直、単純な願望であれば、比較的誰にでも浮かぶものである。
が、実際に何らかの行動に移した場合、それは一刻も争う緊急事態。
心の病として扱うべきものとなる。
このたび殺害された女子高生は 実行しようとした過去もあるようだ。
学校は面談という形で・・・友人は相談という形で、必死に励ましたのだろう。
が、このような精神状態の時は、励ましの言葉が逆に絶望感へとつながることがある。
彼女に必要だったのは 面談でも相談でもなく、医療でありカウンセリングや環境の変化だったはず。
この事件を遡れば、悲劇の原点はそこにあるように思う。
自殺者に対し、今だに「死ぬ勇気があるのなら」という言葉を聞くことがあるが、そうではない。
自殺者にとっては、生き抜くことの方が苦しく勇気が必要であり・・・
感情の錯綜によって疲れた脳が、魔法のように「死ぬことの方が楽」 そんな心理を作り出している。
疲弊した脳に必要なのは、「頑張れ!」でもなく「大丈夫!」でもない。
なぜ脳が疲弊しているのか、深層にあるその原因を探り、認知させ、解決させることである。
とは言え、実は 本人が“心の病”を受け入れられず、医療をすすめても拒むケースは珍しくない・・・。
もしかしたら、今回も説得が間に合わなかったのかもしれない。
とにかく残念である。
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『ジミーとジョルジュ 心の欠片を探して』 (アルノー・デプレシャン監督)
第2次世界大戦後のアメリカ。
心に傷を抱えたネイティブアメリカンの男性と精神分析医による実話を基にした人間ドラマ。
2013年のフランス映画である。
この映画は、コンプレックスとトラウマによる心の病が描かれ・・・
それをカウンセリングだけでなく、友情という形で乗り越えていく物語。
日本における心の病の治療でも カウンセリングがよく用いられるが、実は医師との相性がある。
本来、この手のカウンセリングでは踏む込み過ぎることは危険なのだが・・・
1947年の実話を基にしているゆえ、友情という部分が強く描かれているのも頷ける。
正直、観るまで“戦争によるPTSD”を描いたものだろうと思っていたのだが・・・
実は、ネイティブアメリカンという民族精神のトラウマが原因。
表面ではなく「前意識」や「無意識」の深層、フロイトは偉大だ。
満足度・・・★★★★
クマの着ぐるみは笑ったな(笑) 度・・・★★★★★