先日のコーヒー店での爆竹投げ入れ事件

(4月8日 産経ニュースhttp://sankei.jp.msn.com/affairs/news/140408/crm14040816430010-n1.htm ) などから、最近、悪事で目立つ事に快感を覚える人が増えてきているのではないか?と危惧しております。

 犯人の犯行の動機や意図はまだ解明されていないのでわかりませんが、悪ふざけで面白がってやった事の他に、世の中に対する絶望感からくる一種のテロ行動と見る考え方も出てくるでしょう。

 もし、テロ行動と見るなら、若者に勇気と希望を持てるように国の政治や社会全体が変わらなければいけないという大人の責任に転換してしまうのか?

 もちろん、犯人はやった事の刑事的責任を負ったり、社会的制裁を受けるのは当たり前ですが、大人社会が若者に教えなければいけない事があります。

 悪事で目立つ事は人間として恥ずべき事であり、社会や周りの人間からの信用を失い、自分を孤独に追いやってしまう事になるのだと。

 ネットなどの書き込みでこの事件を面白がって書く人がいるかもしれませんが、決してネットの書き込みに惑わされることのないように、この事件に続く模倣犯などを出さないためにも、中学校・高校などの学校教育において、ネットの書き込みに扇動されたり、左右されると正しい考え方が身につかなくなり、大人社会へ出てから高い評価を得られない事にもなりかねないと教えるべきです。

 なぜ、若者は悪事で目立つ事に走るのか?と言うと、答えは簡単に自分のしたことで社会を騒がせることができるからです。罪の意識は軽く、ゲーム感覚でやっているのではないでしょうか。やはり、現代人は携帯電話のアプリで無料でゲームが楽しめたりと、バーチャルな世界に依存していますから、バーチャルな世界と現実との区別がつかず、ゲームと同じような感覚で現実社会で簡単に目立つ事をやろうとして、結果、「現行犯でなければ捕まらないであろう。」という法の理解もなく、威力業務妨害罪という立派な犯罪行為を犯してしまう。

 総合的に言いますと、ネットの書き込みがルールブックではないという事と、携帯アプリのゲームと現実社会の区別をきっちりつけることの教育をやらなければいけないのです。

 すなわち、悪事で目立つより善事で目立つ人になれということ事が若者のトレンドとなるように。