精神が弱いと言われた事がある。

正確には小さい頃から部活や習い事で耐えてないから、きっと打たれ弱いんだな、強くならないとな。だ。

その人の事は好きだし、言われたからって
嫌いにならない。なる理由にはならないからだ。

でも、心では違うと思っている。

もし、自分が小さい頃に他の人より
耐えてこなかったとしても違うと思う。

弱かったらとっくに諦めている。
弱かったらもっと逃げている。
弱かったら復職なんか出来ない。
弱かったら何故貴方と同じ会社にいる??
弱かったらとっくにこの世にはいない。

精神疾患=弱いという認識、変えてやりたい。
確かに負荷でこの病気は顕在化したが、
違う理由でも顕在化したかもしれない。

しかも、この鬱病等の精神疾患は
多くが原因が分かっていない。

偶然からセロトニンという物質が
この病気に起因しているかもしれないと
仮説がたち、効果を示すデータも出て、
そして薬が生まれていたりもする。

しかし、効果は全ての人にではない。
それは原因がはっきりしていないからだ。

他の病気に対する研究から偶然見つかった事象が
この病気の薬となるヒントに繋がっているだけだ。

まだ、はっきりしていない事に
治る可能性のある薬を使う。

もちろん可能性だけで出しているし
分かっていない事に対する薬だ。

主作用と一緒に副作用だってもちろん出る。

昔の文献をサラッと見たレベルだが、
今の薬は良心的だと思うくらいだ。

昔(第二次世界大戦くらい)は適当過ぎた。
人体実験というと過激だが
全く持って否定できない自分がいる。

昔の最初の酷いイメージのままなのが
とても考えさせられてしまう。

でも、下手に紹介すると逆効果だ。
可哀想なイメージになってしまう。

せめて中学、小学レベルで
簡単な知識を得られる教育をしてほしい。

せめてそれが教育できるレベルまで
この病気に対する成果を出してほしい。

誤解による思い込みによる所が多いからだ。
病気になってからではないと調べないような
レベルの病気の認識だからだ。

怠けてる、打たれ弱い、仮病。

調子が良い時に外に出て何が悪い。
外に出ないと体力が落ちるんだ。

休んで直ぐに出かけて何が悪い。
ようやく開放されて一時的に
調子が上がっているんだ。

旅行に行っている??
行ける意欲を買って欲しい。
好きで休みたくない。
そうだったらズル休みを数日して終わらすよ。

全てその一瞬は楽しいがキツい時は家にいる。
だから他人には見えてこない。

他人から見て都合のよろしくない
見かけだけが見えてしまう。

そして、こう言われる。

元気そう。
みんなだって楽しい事は楽しいでしょう?!
楽しい事してストレス発散してるでしょう?!

耐えて耐えてようやく開放されて、
落ち込んでいるが、できることを探して
チャレンジして失敗したり成功したりして
できることを試す事で元に戻ろうと考えてるんだ。

世間がなんていおうと
怠けるつもりも、
打たれ弱くも、
仮病でもない。

なんならスピーチしてやろうか。

苦しさを体験させてやろうかと感情的になる。

こんにゃろーっていいたくなる!!!

。。

こういう思いを抑えるのがどれだけ辛いか。
それだけでもいいから、
一人でも多くの方に知ってほしい。

そんな気持ち。

みんなと同じというだけでいいからさ、
みんなと一緒に仕事や活動をしていたいよ。。

そして、これは私だけかもしれないが、
頑張れって言ってもいいと思う。

それより休めって言われている事の方が辛いから。

前を向いている人に限るのかもしれないが、
頑張れは大した言葉ではない。
言われても気にならない。

むしろ、ありがとうございますって言い返す。

頑張れって励ますのは駄目なんて気の使い過ぎだ。
頑張れと言ってくれる真意ぐらい汲み取れる。

そして最後に、

この病気は辛い時に悲しくなるんではない。
全てが上手くいっている時に悲しくなるんだ。

引用先
ケビンブリールの思い(TED)

独り言。