息子氏のパソコン(ハイスペックらしい)を楽譜つくりに使っていて
ある程度の目途がついたので
ここ最近考えている「責任」と
「好きなことを貫くこと」について語ってみようと思います。
そもそも考えたきっかけというのは
自分が正社員になるかならないかってことなんだけど
正社員にならない理由を考えたときに
「責任を取りたくない」だった。
それは、一緒に働いている仲間を信頼していないってのもそうだし
自分の力量を信じてないというのもだし
でも正社員になってる人たちって割合適当に仕事していても
ある程度のお給料をいただいているわけで
それを「こわい」と思うのはなんでなんだろーなーって
ここ数年わたしは音楽に本気になるって決めて
そしたら音楽を演奏する機会にものすごい恵まれていて
とてもありがたい。
(今は本番は小休止だけど、練習はいっぱいある)
特に私の担当する打楽器って、楽器そのものもだけど
楽器を演奏するための道具もものすごい必要で
楽器との相性もあるから、多種多様なマレット(クロマティックな打楽器を演奏するためのもの)を
揃えなければならない。
まあ、簡単に言うとお金がかかるのだ。
お金を使うことについて、責任を感じる。
担当の楽器を演奏することに責任を感じる。
愛情をもって、しかし自分にストイックに演奏する
もちろん間違えることも多々あるし
自分だけじゃなく、演奏仲間が間違えることだってある。
これを、仕事にできるかな?って思ったときに
あーできないなーって思ってしまった。
そういう風に考えたら、好きなことに対して責任を持つってなかなかの覚悟が必要で
演奏で間違えても、失敗しても、きっと仲間は許してくれるし
そういう風に思える仲間と出会えたことには感謝しかないし
それだけの関係性を仕事仲間に持ってるかというと、正直、ないなーって。
好きなことを貫くって、責任を請け負う強さで
責任を持つって、周りを信頼するってことなんだ。
信頼するって、自分の弱さを見せられることだし
それをカバーしてねって言えることでもある。
弱いことを認める。
ダメなところを見せる、そして助けてもらう。
好きなことを貫くって、自分の弱いところも、見たくないところも含めて請け負うことなんだね。
お金を受け取るための責任だって思うなら
お金そのものは愛情だと考えると、やはり好きなことを貫くかどうかにかかってくる。
お金を受け取りたくない理由はなんだろう?
愛情を拒否する理由は?
そこらへんに自分のプライドとか、弱みとかが隠れてるように思います。
好きなことに嫌われたくなかったり、本気になってもそこまでのレベルにならないと思ったりするのって
結局プライドの高さが障害になってるんだと思うんだよね。
ほどほどの距離感なら、それなりに楽しめるけれど
苦しかったり辛かったり悲しかったりっていう感情があってもなお好きだから
その分もっと楽しくうれしくなるんだよね。
苦手でも好きなら練習するように。
いつか責任を負ってでもいいから仕事をやりたいって思う時がくるんだろうか。
これは自分が単純に楽ができるからっていう風にもとれるんだよなあ。。。
パソコンでブログ書くの楽だなw
たまにはパソコンを借りることにしよう。