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「こころもおよばれず
    ことばもたえたり」
(唯信鈔文意・聖典554頁)

この一文を知りながらも、やはり念仏を言語化して理解しようとするところには、もしかすると大きな矛盾があるのかもしれないと思いながらも、やはり思索の中で信心を明らかにしていくという営みから逃れることができないのは…いったいどういうことなのかと甚だ困惑します。

聖経いうところの「本願他力の念仏」という言葉を思えば、私たちがひとえに立脚地とすべきものは、この念仏に如くなし、と言っていいでしょう。

本願他力の念仏があれば、対義語としての自力作善、あるいは廃悪修善の念仏があるのでしょう。この違いには、善悪・宿業の問題が絡み合うところでもあるので、取り扱いが難しいところであると思います。
ただ、言えるのは、煩悩滅尽のための念仏に比して、本願他力の念仏とはその宗教性の高さと深化において「大乗のなかの至極」というにふさわしい、普遍的価値を持った宗教観を持ち得たもの、他の行とは比肩し得ない、真実性を包含するのもとなっているのではないでしょうか。

除災招福の念仏と、本願他力の念仏では、口に唱える言葉は同じでも、まったくその意味合いが変わってくる、違う念仏なのだと感じられます。

前者は、煩悩を捨てるための念仏であり、後者は煩悩具足だからこそ本願に帰命するしかないという、まったく正反対のアプローチになっており、真宗の念仏は本願他力の念仏です。

親鸞聖人は「比叡の叡山で堂僧つとめておはしける」(恵信尼消息③)とあることから、御伝鈔に語られるような一流の学僧とは言えなかったのかもしれません。
ただ、常行三昧堂での不断念仏をつとめておられたようですから、念仏の行そのものは、すでに血肉化されていたものと推察されます。

それまでの親鸞の念仏が、まったく違う念仏になったのが「建仁辛の酉の暦、雑行を棄てて本願に帰す」という29歳の出来事だったのでしょう。
法然上人との出遇いによって、端的に言えば、これまでの念仏がまったく別のものに化けたと言っていいのかもしれません。

昨日の記事を読み返して、つらつら考えたんですが、煩悩に縛られているこの身だからこそ、本願念仏以外ではすくわれないんだと得心したのが、私の回心かなと、思います。
その時から私の中では、念仏の持つ意味がこれまでとまったく異なる相を顕してきたようです。

情けないことではありますが
21歳で得度して、43歳でそのことに気づくまでに23年間もかかってしまいました…
聞法を怠り教えから退転していた23年間は、ひたすら真宗のことを忘れようと意地になっていたような気がします。
でも、やはり教えに出遇った者は、もはや、出遇う前の昔の自分に戻れないのでしょう。

二夜連続で、かた苦しい記事を書いてしまいましたが、思ってることの幾分かでもどなたかに伝わっていたら、すこし心が慰められる思いです。