「このとしまで聴聞もうしそうらえども、
    これまでと存知たることなし。
    あきたりもなきことなり」
(『蓮如上人御一代記聞書 真宗聖典 864頁)


どれだけ聞いても、味わいつくすことが
できないもの、飽きることのないものが仏法、そして、その教えに出遇うことのできた喜びではないかと思います。


真宗の教義を体系的に学んだことが
なかった私には、昨年、九州大谷短期大学で開催された「教師試験検定学習準備会」での約半月ほどの講義が、とにかく面白くてたまらないものでした。

これまで散発的に見聞きして、覚えていたお聖教の言葉が躍動感を持ったものになってきたことを感じながら、それまでは点でしかなかった言葉が、日々、一本の線でつながっていくことを実感して、毎日が興奮状態だった気がします(^^)

その「つながっていく」感覚が、いまもなお続いているからこそ、とことん聞法しようという気持ちが変わっていないのだと思います。

しかし…残念なことではありますが、、

だんだん「分かったような気になっている」
からなのでしょうか…

少しずつ、新鮮味を感じなくなってきているのも事実です (;´д`)



今夜から九州大谷短期大学の公開講座

「『涅槃経』を読む」

が始まりました。

ご講師は(以前からいつも言ってますが💧)
私が密かに尊敬している
九州大谷短大名誉学長の古田和弘先生です。


半年ほど前に、はじめて古田先生のご法話を拝聴したときに私が感じた

「この先生の言葉は、すんなり胸に落ちる!」

という感覚が忘れられず、
この春から受講することにしました。

また、真宗の教義、言い換えれば親鸞思想の重要な要素として『涅槃経』があることが、だんだん分かってくるにつけて

「時機純熟じゃない!?(╹◡╹?」

と思うようになりまして…


受講の感想ですが、

「やっぱり古田先生のお話好きだ!」

これに尽きます(*´∇`*)!!

上に書いた学習会の頃、教師を目指して
脇目を振ることなく、前のめりになってた
時期の新鮮な感覚を、今夜、久しぶりに思い出すことができました🎶