前回の話の続きです^_^

住職の思いをお聞かせいただいたあと、
お世話役の私からも一言を…
とお勧めがあったんですが、一言じゃ終わらなかったです(笑)

今日に至るまでの右往左往した道のり、
師の願いに背きながら生きてきた20年、
そして今あらめて教えに出遇う場として
誕生したこの会を、大切にお世話していきたいと、しどろもどろではありましたが
お話しすることができました。


そして、なかなか決まらない会の名前については、最終的に住職からご提案いただいた

 「去來舎」
に、全員異論なく、一致しました ^_^ !


それから…今日までずっと
「去来」の言葉の意味、
師がこの会の名前に託された願いというのを
考えてまして…

可能な限り、お聖教から
拾い出してみました

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はっ!
と気づいたのは

私たちに馴染みの深い

如来(梵 tathāgata タターガタ)

は「如来」または「如去」

ともいう、と。

「真如より来生せる者」

であり、かつ

「真如の世界に帰りゆく者」

と読んだのですが、

「如来にも往相と還相があるの!?」
とか思ったり(笑)
→ ここのところは、これから時間を見つけて調べてみます^_^


「去来」という言葉には
私が今まで気がついていなかった
深い智慧と、連綿と続く求道の歴史が
あるようです。

師の願いを受け継ぎ、師のもとから
立ち現われてきた念仏者たちが、
ともに一つの信心を確かめ合いながら
聞法を喜ぶ、息の長い集いになるように、
お世話役に励もうと思っています。