大規模自然災害の前では、
私たちの進歩主義史観も
科学至上主義も
経済最優先の社会構造も
力を持ちえないどころか、
むしろ私たちの存立基盤すら
取り返しがつかない危機に陥れてしまう
ことが、誰の目にも明らかになったのが
7年前のこの震災ではないでしょうか。
7年という歳月が流れたとはいえ、
消えることのない悲しみ、拭い去れない
痛みを心に抱え続ける人たちがいることを
私は日々の生活の中で忘れてしまいそうになります。
その悲しみ、いたみに
仏教者としてもっと寄り添うことは
できなかったのか
今からできることはないのだろうか
と考えますが、何をしたらいいのか分からないのが本音です。
そんな中、私の前期修練の班担の先生が
取り組んでいらっしゃるプロジェクトが
素晴らしいものだと感じておりますので、
ご紹介したいと思います。
被災者の状況については、7年経っても
「何も変わっていない」
という声も聞きますし、
記憶が風化していくことは
人には抗えないことなのかもしれません。
こと原発の問題についていえば
これまでの原子力依存の社会では
今後立ち行かないこと
「なくてはならない」とされていた
社会常識は疑わしいものだったこと
は明らかになってきました。
この点だけは、少しずつあるべき方向に変わってきているのかもしれません。
「原発推進派は右翼」で
「反原発は左翼」というステレオタイプの
見方はいまでも社会に蔓延していますが、
実は各電力会社も原発依存から再生可能エネルギーの利用に、大きくかじを切る動きを見せています。
ただ、それは決して
私たちの生命、生活、人生を無上のものとして
尊重するという視点に立っているものではなく、あくまでも廃炉のコストとの天秤から導き出されたものであるようですが…
何もしなかった私が言えることではないのかもしれませんが、
残念ながら、この震災で
私を含む全宗教者は
「一般のボランティア以上の存在ではなかった」
とも言われています。
その声があるということは、
宗教者、あるいは仏教者は
になうべき職責を忘れてしまっており、
社会からの、人びとからの負託に応えられなかったということなのでしょう。
ふと思いました…
はたして、7年前のあの日に、
被災地で念仏の声は響いたんだろうか、と。
「畢竟依」
すなわち、人間の究極的な拠りどころ
であると宗祖が顕かにされた念仏の教えが、
本当に人びとの拠りどころとして
被災者を支えたのか…
そのことを真宗門徒、ことに宗門人は、真摯に確かめていかなければならないのではないでしょうか。
そして、もしも力を失ってしまっているのなら、
ーもしまだ間に合うのならですがー
今からでも、私たち僧侶は動き出さなければいけないのでは…
そのように感じています。
