夜の電車に酔ってくだを巻いている男がいた。猜疑心の塊のような目で周囲の乗客をにらみ、皮肉ならとめどなく出るような口で何がしか言っている。僕は彼のことを知っていた。クラスメイトにもなったことがあった、卓球部に所属していたぐらいしか情報を知らない中学、高校の同級生だった。最初は彼だと気づかなかったが、15年近く前の面影は充分に残していた。

当時、彼は無口で真面目だった。笑ったところはあまり見たことがない。友人もいなかったように思う。印象に残っている唯一のことといえば、体育で卓球の授業があった時、彼とラリーをすると僕がどんなに下手な球を打っても、彼は僕に打ちごろの球を返したことだった。自分が得意な科目であれば、ここぞとばかりに力を誇示するのが人の性だが、そこでも彼は自己主張せず、ヒーローをなることを拒んだ。「暗いが根は良い奴」というイメージはしかし地味で、卒業してから記憶は甦らなかった。そんな彼が夢に現れたのはなぜだろう。

話を夢に戻すと、迷惑な乗客になっていた男を同級生と気づいた僕は、しばらく遠くから見ていた。視線を感じたのか、彼も僕の存在に気づき、それからは黙って目を伏せた。あれから何があったのかは分からないが、決して良い人生を送ってこなかったと想像させる面持ちに、僕は声をかけることをためらい、彼は次の駅で降りた。