植物 を愛するブンレツさんにとって虫は天敵で、見つければ普段ののろい動きが3倍速になり人並み以上に早くなる。食事中にハエを確認して夕飯どころではなくなった。しかし病み上がりの彼女は3倍速になってもまだ遅い。目障りな上に耳障りで、代わりに食べ終えた僕が殺すことにした。強敵だった。

ハエが台所に入ったのでそこを締め切り、新聞紙を丸めて機をうかがった。仕留めることができず何度も壁や床を叩いていると向こうも興奮してきて羽音が一層うるさい。「まさしく五月蝿いだな」と思ったが、5月ではないから「まさしく」は違った。不燃ごみを入れる袋と買い置きのペットボトルの水の間にハエは逃げ込み、静かになった。とりあえずおびき出そうとしてガサガサその辺りを闇雲に叩いたが、影でほくそ笑んでいるかのように気配を消している。おそらく苦虫を噛み潰したような顔をしていただろう僕は一旦部屋へ戻った。

しばらくして開けたままのドアからからハエが姿を現す。わざわざ来るとは明らかな挑発である。右手に先の新聞紙、左手には殺虫剤も持って売られたケンカを買う。できれば飛び道具は使いたくなく、必死で叩いたが全て空振り。やむなく左手をかざし、ハエに向けて噴射した。動きはみるみる鈍り、よろめきながら本棚と壁の隙間に消えていった。とどめの殺虫剤をそこに撒き散らし、次第に弱くなった羽音もついに聞こえなくなる。死に様は見せなかった。敵ながら天晴れだ。