空中庭園 曰く付き の本作は豊田利晃渾身作だった。製作委員会が公開にこぎつけて、監督は獄中にて何を思う。どうしてもそういう目で見てしまい、ドラッグ・ムービーの感を拭えない。

とにかく振り子のようにカメラが揺れる。様々なものを中心に置いて、縦横無尽に、時には1回転して、情緒不安定な人物とその関係を映した。何事も包み隠さず、タブーを作らず、京橋家は模範の家庭として、絵里子は家族をがんじがらめにした。夫の貴史はそれに従っていると装いながら外で愛人を作っている。娘のマナも理解を示しているように見せかけて、登校する素振りだけで学校に行っていない。息子のコウはどこか冷めて、俯瞰の目で自らの家族を見る。絵里子が風通しが良くて居心地の悪い家を作り上げたのは、幼少時代のトラウマ、母・さと子との確執からだった。

バレない嘘は嘘でないが、それが露呈して家族は崩壊する。そしてそこからさらに再生までを描く。危うく揺れて、見えない糸が切れたかと思いきや、切れてもまだ動き続け、否定をしない。“会議は踊る、されど進まず”から“それでも進む”へと、むしろ好転したように感じる。

完璧な親などいない。欠落部分を愛するか憎むか。どちらにしても反面教師にするところは必ずある。つまりは誰しもがシンパシーを持ち得るストーリーだった。過去の記憶の改ざん然り。絵里子もさと子も、昔の思い出をはからずも書き換える。美化することも生きる術である。

監督や撮影だけでなく、照明、編集、美術、全てにおいて渾身の一撃である。これ以上の施しようがない。豊田組恐るべし。「ポルノスター」では渋谷、「青い春」では学校というそれだけで完結した宇宙が、本作では新しくなくなったニュータウンだった。揺れの軸それぞれが小宇宙だとして、それを包み込む団地が混沌。