「知らない人にはついていくな」

 

誰もが子供の頃に口酸っぱく言われる言葉だ。

だが、社会人になって気が緩んでいたのかもしれない。

 

これは私がいつぞや経験した奇妙な体験談である。

 

 

202X年、余りにもモテない、出会いのない私はマッチングアプリに登録した。

だが、メッセージのやり取りが好きではない私はすぐに飽きてしまい、

2か月放置してしまった。

 

そして久々にアプリを開いてみると、

とある方からいいねを貰っていた。

 

メッセージもそこそこに、直接会うことになった。

場所は田園都市沿線の高津。何故か二人でご飯というわけではなく、友達に会わせるという。

少々違和感を覚えたが、住居からも職場からも遠い某所に向かった。

 

 

そこは若者でごった返す店だった。(今思えば店というよりパーティー会場だ)

1000円払えばバイキング方式で好きなものを食べれるらしい。

こういう場所は飲みが付き物だと思っていたので拍子抜けしたが、

若者をまとめるお兄ちゃん的な存在をアテンドしてもらった。

 

その方はかつて上京してきたものの、最初は友達がおらず寂しい思いをしたが、

ある人にこの場所に誘われて友達ができた。

ここは輪を広げにくい社会人が友達の輪を広げる集まりなのだ、と教えてくれた。

 

別に地元はもちろん大学以来の友達もおるから困ってへんけどなあと思いつつも、

今度二子玉川の河川敷でドッジボールやるんだけど来ない?と誘い文句にあっさり敗北した。

久々だったらやってみたくなるやつ。

 

面倒見の良いお兄ちゃんの次いつ来てくれる?攻撃が鬱陶しかったが、

次週はUSJ行ってくるので無理です、などと適当な言葉でかわし、

次は2週間後に会うことになった。

 

 

2週間後は朝から駆り出されたが、これが存外にも楽しかった。

ダーツをしたり、河川敷でドッジボールをしたり、トリカゴをしたり...

童心に返ってはしゃぎ続けた。

マッチングアプリで知り合った方はその日は不在だったが、

健康的なサッカー女子と遊べたので案外満足だった。

 

(その日、ホームから落としても割れることのなかった頑丈なスマホ画面に悲劇。

少し目を離していた隙にヒビが入っていた。不吉だ...)

 

 

その日、今度はまた違うお兄さんBにこの若者集団のリーダー格の男の話をされた。

どうやら若くして仕事で成功をおさめ、悠々自適な暮らしをしているそうだ。

コロナ前はみんなでよく集まり、運動会を開催したり、「逃走中」をしたらしい。

 

その人はどのような仕事をしているのかと疑問に思い質問したが、

夢を持っているか?と謎の逆質問をされた。

どうやらお兄さんBも昔同じ質問をしたが、大きな夢を掲げることができなかったらしい。

100個挙げたら仕事内容を教えてもらったと聞いたので、私もなぜか夢を掲げることになった。

 

ここから私の夢シート作成の日々が始まった。

 

確かに夢は書き出すと、可視化され、目標となり、

何をすべきか考えるようになり、やがて実現すると聞く。

 

私は幸いにも野心家なので、夢はむくむく膨らんでいく。

まず大きな夢を10個ぐらい作ってそれを小分けに10個ずつ膨らましていき、

すぐに100個に到達させた。

 

 

3回目は楽しかったあのトリカゴをダシに前夜からのお泊り会に誘われていた。

正直夜から付き合うのは面倒だったが、あまりに面倒見のいいお兄ちゃんだったので、

お言葉に甘えてお邪魔することにした。

 

 

・・・・・・・・・・・・・

 

お邪魔するべきではなかった。

知らない人にはついていくな。

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 

その日は仕事が立て込み、お邪魔するのは23時だった。

そのお兄ちゃんはシェアハウスに住んでいると聞いていた。

 

オズワルド伊藤/森本サイダー/大鶴肥満/蛙亭イワクラ家のような、

個室バラバラ、キッチン・ダイニング共同スタイルの家を想像したが、

ファミリーマンションだった。

随分と羽振りのいいシェアハウスだ。

 

シェアハウスと聞いていたが、面倒見お兄ちゃん以外誰もいなかった。

どうやら出かけているらしい。こんな夜遅い時間に何の用なのだろうか。

 

面倒見お得意のリゾット(美味)をご馳走になり、

作成した夢シートを見せた。私の威勢だけ良い百の夢を褒めてくれた。

どちらかというと煩悩だから百八あったかもしれない。

 

「でもこういうのってお金がいるよね?」

 

仕事と時間のバランスの話、副業がないと現代人は苦しい生活が続いてしまう話、

今は副業ではなく「複業」と書く話。仕事の軸が複数あると困らないよねという話が続いた。

サイドビジネスの重要性を次々と説く面倒。どうしたどうした。

 

 

 

彼の放った一言は人を恐怖の海へと駆り立てた。

 


「アムウェイって知ってる?」

 

 


全身に稲妻が走った。

人はとんでもない目に遭った時は笑えてしまうものだ。

刺激してはいけないので顔には出さないが、腹の底では笑えて仕方なかった。

というよりこの後笑い話にするしかないと思った。そうじゃないとやってられない。

 

 

覚えている範囲で受けた説明を羅列していく。

 

・Amwayはアメリカの企業で広告を一切打たず、人々の口コミで広まった。

・日本支部は渋谷に拠点がある(田園都市線で一本やな)

・日用品が主な製品で、サプリメントや美容品でもユーザーの高い支持を得ている。

・会員は人々に紹介をしていくことでポイントが還元され、多くの人に紹介するほど

 多くのポイントを得ることができる。(こないだの球技大会20人はいたよ。)

・某プロ野球選手や某テニス選手、

 某お騒がせタレントがAmwayの主催パーティに参加している。

 (みんな胡散臭い噂を聞いたことがある人ばかりでうらやましくない)

 

 

このあとやけにタイミングよく同居人が帰宅し、商品比較実験が始まった。

「市販の●●と違って汚れがよく落ちるよ!」確かにそうだった。

「水道水はそのままだと危ないから浄水器を通すといいよ!」この出された水もそうなのか。

「空気清浄機はコロナウィルスにも効果がある!」確かにみんなノーマスクだ。

 

適切な相槌を打ち、感動しているように芝居を打つしかなかった。

蜂と同じで、過剰反応して刺激を与えてはいけない。

 

 

さらに、昔日テレで良く見た女芸人(の無理矢理若作りした版)

みたいな風貌の人がやけにタイミングよくやってきて美容品の紹介を始めた。

今記憶を辿ればあの初夜のパーリーにいた人かもしれない。

 

何歳に見える?知らねえよ。いい年こいて何やってんだこの人。

私も昔怪しいと思ってたんだけど、じゃねえよ。今も怪しいやんけ。

 

これがお前らのやり方か~!
 

 

長く一方的な説明からようやく解放され、風呂に入った。

時計はてっぺんを迎えてから長針が更に2周していた。

 

もちろん風呂もフルコース。

入浴剤、洗顔・シャンプー・ヘアトリートメントに至るまでAmerican Way。

ご丁寧に風呂場にまで浄水器があった。

 

 

私は風呂場でこの伝説の地を「アムウェイハウス」と命名した。

語呂が良いしシェアハピできそうだ。

 

 

風呂から出てきた後も美容品三昧。

クレンジング、導入液、化粧水、コットンパック、乳液とされるがまま。

ご丁寧にありがとうございます。

 

傍らで呑気そうな奴(体験組?)と大肌荒れが美容品を試していた。

私も傍から見たらこいつらと同じように緊張感の無い奴に映っているんだろうな。

 

 

呑気と大肌荒れは泊まりに来ていたようで、和室で仲良く川の字になって寝た。

和室ではうるせえ空気清浄機が暴れていてイライラした。


翌日は真打が登場し、更に詳しい話をすると聞いていたので怖くて仕方がなかった。

契約書を書かざるを得ない環境になりそうだ。

 

そんなこんなで3時間くらいしか寝れなかった。

しかし中途半端な時間に目覚めたのが功を奏した。

 

 

隣では呑気と大肌荒れがぐっすり眠っている。

ダイニングルームにはさすがに誰もいない。

シェアハウスの住人たちは個室に籠って寝ている。

 

 

何とも言えない静けさが広がっていた。抜き足差し足忍び足。

どーきどきどきどきどきどきどきどき。

私は大逃げを打った。左回りのカーブを回り溝の口から南武線に突入した。

欅(府中本町)を通過し、影も踏ませぬ逃げ切り勝ちを収めた。

 

幸いサイレントハンターは不在だった。逃走成功。

賞金は無し。一生モノの土産話のみ。

 

 

男達はグランドラインを目指し夢を追い続ける。

世はまさに大後悔時代。

 

 

これだけは覚えておいて欲しい。

無償の親切なんて存在しない。人の行動には必ず理由がある。

 

「食事会」「子供の頃の遊び」「夢シート」「シェアハウス」の組み合わせはアウト。

 

③この類の人たちは某海賊漫画を例に説明しがち。

その方が万人に分かって貰えるのだろうか。

某大正漫画にすればさらに食いつきがよくなりそうだが。

 

 

ちなみにマッチングアプリ代は3か月で1万円くらい。

高い勉強代だったが、早速その日に会った友達への丁度いい土産ができた。


寝る前に先に試供品を貰っていたのだ。


 

W〇thを始めただけなのに ~完~