私が米津玄師の音楽に触れたのは、VOCALOIDが流行っていた頃だったと思う。その頃はハチという名前で活動していた。マトリョシカやドーナツホールは、VOCALOIDの名曲のうちのひとつとして認識していた。
特にマトリョシカはポップなメロディで特に親しみを抱いていた記憶がある。
そしてアイネクライネで「米津玄師」を知った。あのハチが米津玄師として、VOCALOIDではなく自ら歌唱したことに驚いた。
アイネクライネはレミオロメンのような親しみの持てる曲調で、VOCALOID楽曲の複雑さとはまた違う一面を見せてくれた。
彼はイラストレーターとしても優秀で、上記のようなPVのイラストは自ら手掛けている。
その後もピースサインのようなアップテンポの楽曲、Orionのようなしっとりさせる楽曲で名声を高め、遂にあのヒット作品が誕生する。
ドラマ主題歌として大ヒットしたLemonである。祖父の死に直面した米津玄師が悲しみの中で大成させた音楽は世間から大きな評価を受け、彼の名声を確固たるものにした。
彼は楽曲提供にも力を入れ、DAOKOの打上花火、菅田将暉のまちがいさがし、Foorinのパプリカ、嵐のカイトといったヒット曲を次々に生み出した。小室哲哉に引けを取らないと言っても過言のないほどの活躍を続けている。
このようにVOCALOIDのプロデューサーに始まり、今では日本を代表するミュージシャンにまで上り詰めた米津玄師。彼の作品はいつまでも人々の心に響き続けることだろう。今後の活躍が楽しみである。
最後に、彼が米津玄師として名を馳せてから作曲したVOCALOID楽曲・砂の惑星を紹介して締めたい。
