やさしい気持ちで / Kaoru 予告PV
さて、この間レコーディングした予告PVができましたので
少しだけ。
衝撃的事件について今日は書きたいと思いますが
あらかじめ、少し過激な内容になる事をお許しください
私の実体験です。何が悪くて何が良いかを言いたいのではない事を
ご了承ください。
シリアスな話になります・・・
コメントもあえて書き込めないように設定します
2001年9月6日私達はボストンに降り立ち
寮での生活と慣れない授業を受けながら
それでも楽しい日々を送り
猫みたいに大きなリスとか
庭に普通に来る「七面鳥」のグロテスクな姿など見ながら
これからの生活を想像していた矢先
2001年9月11日
この日付を見てピンと来る方がどれだけいるか分からないけど
「アメリカ同時多発テロ事件」勃発
このさなか、私はボストンにいたわけです
以下、ウィキペディアから↓
ボストン(ローガン国際空港)発ロサンゼルス(ロサンゼルス国際空港)行きアメリカン航空11便(ボーイング767-200型機・機体番号N334AA)は、乗客81名(日本人1名を含む)・乗員11名を乗せて、午前7時54分に遅延出発した。午前8時14分頃にハイジャックされ、コックピットを乗っ取られたらしい。午前8時23分に進路を急に南向きに変え、午前8時46分にニューヨーク世界貿易センターの超高層ビルであるツインタワー北棟(110階建)に突入し爆発炎上。水平かつ高速で建造物に衝突したため、離着陸時の事故と違い機体の残骸はほとんど原形をとどめなかった。
その日、私たちは普通に授業を受け2時間目が終わった頃
校内放送が入り
私たちは訳の分からないまま
レインボールという教会のようなホールに集められた
そこには大きなスクリーンがあり
動画が流れていたが
それがテレビのニュース報道だと気がつくまで
かなりの時間がかかった
目の前のスクリーンは生中継だったようで
その映像が流れている間に
ツインタワーのもう一方に飛行機が突っ込んでいく様がみえた
プレジデント(校長先生は)マイクを持ちながら
嗚咽のような声で細々と語っていたが
何を言っているのか
さっぱり分からなかった
きっと始めて聞く単語ばかりで意味が分からなかったんだろう
私は最初、この学校のゆかりのある誰かが
亡くなったのかと思った
でも違った
日本語が話せるスタッフもいたし日本人のスタッフも数人いた
日本語で聞いたその映像の答えは「テロ」だった
戦争、テロ
私には程遠いまさか自分が巻き込まれる単語であろうことは
予想できなかったし
ピンと来なかった
そういう意味であまりにも日本は危機感がないのだななんて思ったりもした
そして私は運命のいたずらに驚かされることになる
ニューヨーク世界貿易センター
通称ツインタワーになんと
その翌週、登る予定になっていたのだ
もし1週ずれていたら
私はあの事故に巻き込まれ
今、ここに、こうしていないかもしれない
飛行機はボストンから飛び立っており
当時ボストンにはまだ犯人とみられる人がいるだろうと予測されていた
町では小さなテロが起こるだろう
爆発など巻き込まれてはいけないので
私たちは1週間町=ダウンタウンに出てはいけないと警告をうけた
このまま日本に帰れないのだろうか?
アメリカはもちろん黙ってはいないだろうから
戦争をするだろう
でもいったいどこで戦争をするのだろう
私たちも巻き込まれて
命を狙われるんじゃないか
そんな不安でいっぱいだった
つい1週間前までは
新しい生活にワクワクしていたというのに
CNNニュースをテレビにかじりついてみたけれど
難しくてキャスターの言ってることが
さっぱり理解できなかった
空港は遮断され
私たちは日本に帰ることもできなければ
どこかに出ることもできない状態だった
その頃、日本では夕方?夜だったのかな
東京の学校に電話が殺到していた
「娘は無事なのか?日本に帰国させるべきではないだろうか?」
本物のお嬢様が多かった学校なので
当然だろうけど
私たちはとにかく安否を自宅に知らせるようにと言われた
しかし、電話回線が混雑し
何度かけても何時間も繋がらなかった
ようやく繋がったけど
我が家は誰もでず、留守電になった・・・(笑)
もう一度かけたら母が出て
「テロが起きたけどこっちは直接被害がないから安心して
学校から連絡取れって言われたから」
日本時間ではたぶん夜中だったのだろう
寝ていた母を起こしてなんとか伝えると
「分かった」ってあっさり(笑)
あんまり心配してなかったのかーーー母よ(笑)
帰国してから聞いたら
「だってどうしようも無いでしょ?人間死ぬときは死ぬのよ」だって(笑)
事件が起きてから
先生の間にはピンと張り詰めた空気があった
すごく衝撃的だったのは
「リベンジだ。リベンジだ。アメリカは強いんだ。必ずリベンジするんだ」
って言ってた先生や
「私は戦争はいやだ」って言ってた先生など
もうぐちゃぐちゃ。
私たちはあまり情報源のないまま
授業を受けたけれど
リベンジだと言ってた先生はずっとテロの事で授業し
私はいい機会だと思って
色んな質問をなげかけた
どうしてそんなにリベンジ=復讐したいのか
どこで戦争をするのか
色んな事を聞いたけど
印象的だったのは
「愛国心=patriotism」だった
驚いた事にテロがあってから
しばらくたって外出許可がおりると
アメリカの国旗を掲げる家が
たくさん見受けられるようになった
まるで私たちは屈しない
なぜならアメリカ人だからといいたげな
その旗をみて ぞっとした
同時にインターネットで得た情報で
アメリカ人は自分達の国で戦争はしない
不利益なことはしない
とあり
それがいいとか悪いとか別にして
アメリカで戦争は起きないだろうと確信した
まさかの事件
私たちのニューヨーク行きはもちろん中止となり
行き先が急遽変更
「カナダ」になった
ボストンはニューヨークからさほど近くはないけれど
とにかく不安だったし
日本で報道されていたような情報もなく
帰国してからツインタワーの様子や
色んな情報を得たのだけど
今でも忘れない9.11
少し過激な内容になってしまってすみません。
あの時私はもう生きて帰れないかもって
大げさかもしれないけど
そう思ってました
だからこそ今、色んな事ができる事を
とても幸せに思います
さて明日は明るい話題にしますかね(笑)