原作:西尾維新

作画:岩崎優次

 

第五十四号「遠くの戦績より近くの委任」

 

冒頭、暗号学園M(メタバース)に入る前に遡る。

1年C組の遂七不思議(とげななふしぎ)ピケから(かすり)縁沙(えんさ)に署名を暗号化した傘連判状を託されていた。

 

今回は扉絵なしで、地下250階法廷フロアから。

被告人はいろは坂いろは、弁護人に絣縁沙と(なます)(あきな)

前回の引きで鉄砲水に追われていた三人組は誰一人欠けることなく、地下199階を突破していた。

いろはは「私は良心に従い、暗号化することなく真実のみを述べることを誓います」と宣誓するが、傍聴人の溺愛(できあい)ゃん軍団からは、公表されているいろはの過去のデータをインプットされているため「海外遠征で野盗に囚われた…?」「野盗に媚びて自分だけ生き残ったんですって!」「そんなの共犯者も同然よ!」と言いたい放題だ。

(おもむろ)綿菓子(ゆかこ)からの事前情報で『己の暗業と向き合うフロア』だと聞かされていたのが影響しているのか、絣は不安げな表情をしている。

 

検事は東洲(とうしゅう)(さい)享楽(きょら)が第四十九号で挑んだときと同じく、(はく)(あい)ちゃんが行っており、いろはに父親の名前と職業を問う。

名前はいろは坂四十八ヶ(しとやか)で、職業は作中で明かされていた通り風刺漫画家となっている。

検事からは『応援より応戦』といういろは坂四十八ヶが記した本を証拠物件Aとして提出される。

「この本に描かれているのは、あなたの体験談ですか?」

この問いに、いろはは「はい。ボクの体験談です」と答える。

 

いろは自身が過去に語った過去と本の内容は一致しており、野盗がいろはの仲間を殺すことを応援した、ということが描かれているらしい。

このことをいろはは、強要されたものではあるが事実と認める。

検事は、強要されたからといって、いろはは責任を問われるべき、と追求する。

ここでいろはは衝撃の発言をする。

 

「強要したのは野盗ではなく、同行した男子チームのみんなです」

『女の子のフリをする』この考えは、いろはだけでも生き延びて欲しかった副キャプテンの意向だった。

当時のチア部の部長である夜鳴(よなき)(うぐいす)アンヴィシャスに救助される人員を増やすためのアイディアだが、いろははこれを切り捨てられた、と感じている。

「ボクは一緒に死にたかったのに」

 

この発言に対し、検事は「…随分あなたに都合のいい話ですね」と証拠物件Aに描かれている内容と違う事を指摘する。

「父が描きたいのは風刺ですから」といろはは、父が作品にそぐわないエピソードをカットしている事を仄めかす。

この作品について、いろはは自身の生き恥と評しており、この学園に自分が入学したのも作品の第二弾のためだろう、と穿った見方をしている。

また、この学園には父も一枚噛んでおり、その縁もあっていろはの入学に至っている。

 

ここで裁判の内容が判明する。

いろはの事を民間人殺害の事後従犯かどうか決めるもので、求刑は大将資格剥奪と不名誉除隊の上での極刑、となっている。

これには溺愛ちゃんも「有罪(ギルティ)!」の大合唱。

 

絣と膾は弁護の余地がない、とお手上げ状態だ。

当初、絣が被告人になろうとしていたらしい。

(こうなるってわかっていたはずなのに…)

そう考えている絣の脳裏に、冒頭の傘連判状を渡された時の遂七不思議との会話がよぎる。

遂七不思議は未来を解読する予知能力を持っており、傘連判状はこのフロアでの事を予見した彼女が集めた物だった。

 

そこには、いろはと絣の二人を除く、メタバース潜入組の十七人の名前が記されており

「過去がどうあれ、いろは坂いろはを隊長として認める誓約書」という趣意が含まれている。

使いどころまでは指定されていなかったが、絣は(情状酌量を求める赦免の嘆願書になるのさ!)と直感し、証拠物件Bとして裁判長に提出しようと立ち上がる。

 

が、ここで先ほどのいろはの「切り捨てられました」という発言が絣を思いとどまらせる。

(それで…みんなしてまた守るの?)

座り直した絣は、証拠物件を出さず、質問もせず、宣誓だけをする。

「被告人が有罪とされるなら、私は一緒に死にます。ひとりじゃ死なせないし、ひとりじゃ生きさせません」

 

場面が変わって暗号学園の4階視聴覚室。

前回は三人しかいなかった観戦組だが、現在はリタイアした生徒も集まってきている。

地下44階雀荘フロアで出禁になった四人に加えて、(うみ)(つばめ)寸暇(すんか)の姿もある。

署名を使用しない、という展開は柘榴(ざくろ)(ぐち)接吻(せっぷん)にとって予想外だったため、驚愕する。

しかし、遂七不思議からすると、それでいい、とのこと。

「AI法廷は書類じゃ崩せなかった」らしい。

 

検事と弁護人、両者の意見は出揃い、裁判は評決する。

判決は「被告人(いろは)を無期限の執行猶予とする!」ものだった。

絣はいろはの身元引受人として「生涯添い遂げるように!」という文言も添えられている。

この判決に、傍聴人の溺愛ちゃん軍団は「融愛(メルティ)!」の大合唱。

 

いろはが有罪にならずに済んだものの、あの時の男子チームの副キャプテンのように、勝手に生かしてしまったのでは、と絣は気に病んでいる発言をする。

しかし、いろはは「縁ちゃんと一緒でよかった」とホッとした表情を浮かべる。

 

再び暗号学園の4階視聴覚室に場面が移って、柘榴口と洞ヶ峠(ほらがとうげ)(こごえ)の二人が判決について会話している。

いろは達が洞ヶ峠から支給されている眼鏡兵器には、装着者のデータを収集できる側面があり、そのデータは暗業学園M(メタバース)にも一部反映されているらしい。

そのことから柘榴口は、絣に眼鏡を渡していなかったのは、AIの思考を誤らせるための不確定要素が理由か、と疑問を口にする。

洞ヶ峠は「ヒーローじゃなくても頑張れる、まともな奴が」クラスに一人ぐらいいてほしいから、という理由で渡していなかった。

 

地下250階という迷宮(ローグライク)の山場を越え、時間も場面も飛んで地下499階円卓フロア。

そこには十三人の生徒が集まっている。

 

東洲(とうしゅう)(さい)享楽(きょら)曰く、スタートした階はそれぞれ異なるものの「ほぼ同着」とのこと

しかし、これまではチーム戦だったが、このフロアは二人だけが先に進めるバトルロワイヤルとなっている。

そこで、パーティーゲームの考案を得意としている、E組の(はな)(ごろも)(びゅう)『円卓電卓フラッシュ暗算』を提案したところで続きは次回。

 

その③に続く

 

 

感想

今回で、主人のいろは坂いろはが野盗に捕まっていた過去の全貌が明らかになった。

地下250階法廷フロアでは実際の法廷のように真実を語ることしかできないため、今回出た情報は真実だと断言できる。

また、漫画内で実際にそのシーンが描かれているものも作劇上の都合であっても、真実と言えるだろう。

それを踏まえると

・中学生の時に所属していたチア部の海外遠征の途上、難民キャンプを慰問し野盗の襲撃に遭い囚われた。

・男子チームが慰問に参加しており、いろは以外の男子メンバーは全滅。

・いろはは副キャプテンの意向で、女の子のフリをすることで生き残った。

・最終的にはキャプテンの夜鳴鶯アンヴィシャスによって救出される。

・その間に爆発物取扱免許などの技術を得る。

・得た技術の一つとして表情を読むことが得意になった。

こういった流れが見えてくる。

 

また、今回のフロアは、上記のような事実確認だけではなく、いろはの後ろ暗く隠しておきたい過去の罪を暗業として、問うていた。

その際「一緒に死にたかった」という発言をしており、生き残ったことを多少なりとも不本意に思っている事が読み取れる。

他にも、絣が被告人になろうとした時に、事前知識がありながらあえて、いろはが立候補していた。

このことは、メタバース空間の踏破よりも、いろはは自分の罪が糾弾されることを優先したのでは、と思わせる。

 

絣はそんないろはの意を汲んで、助命嘆願ではなく生死を共にする、という宣誓をした。

罪そのものを問わないのではなく、自分も背負う覚悟を示した。

一緒に死んでも一緒に生きても、当時一人だけ生き残ったいろはを救う。

犯した罪は消えないし、許されない。

でも、生きる。

生きないといけない。

これが執行猶予の判決に表れている。

 

次回の展開としては、ルール説明とゲーム開始が有力だろう。

暗業学園M(メタバース)のシリーズに入ってから、これまで4階視聴覚室の実況解説組とメタバース空間以外の場面がないため、

地下500階への切符を手にする二人としては主人公だから、という安直な理由ながら、いろはは確実だろう。

あと一人は、これまで黒幕ムーブを匂わせてきた洞ヶ峠が、そろそろ漁夫の利狙いでワープしてくるのではないか、と予想する。

本人曰く、暗号を解くスキルが無いとのことなので、なんらかの形で自身の作ったメタバース空間をコントロールできる特権を仕込んでいてもおかしくない。

 

 

最後に、個人的に「面白い」と思ったシーンを紹介する。

『絣の宣誓を聞いたいろは』を挙げる。

 

この宣誓は、生き残ってしまった過去があり、その事実を今も引きずっている、いろはの心を救っただろう。

 

最終7巻の分の感想を投稿し終えてから、1巻以降について投稿していきます。

それでは次回の更新をお待ちください。