作者:荒木飛呂彦

 

岸辺露伴は動かない第1巻 

エピソード#06密漁海岸

 

まずは前提として、主要な登場人物を紹介しておく。

これを知らないと、何が起きているのか、などが理解できない部分があるからだ。

 

岸辺(きしべ)()(はん)

『ジョジョの奇妙な冒険第四部 ダイヤモンドは砕けない』に出てくるキャラクター

職業は漫画家。

漫画に必要なのはリアリティと考えており、実体験を大事にしている。

スタンドと呼ばれる超能力のようなものを使用する。

能力は『ヘブンズ・ドアー』:生き物の身体を本のようにして、指示を書き込んでその指示通りに行動させたり、過去の行動を読んだりすることができる。

 

☆トニオ・トラサルディー

『ジョジョの奇妙な冒険第四部 ダイヤモンドは砕けない』に出てくるキャラクター

職業は料理人のイタリア人。

レストラン『トラサルディー』を一人で経営している。

露伴と同じくスタンドを使える。

能力は『パール・ジャム』:自身が作った料理に、食べた相手の体調を回復させるなどの効果を付与させる。

食材が良質であるほど効果が強く出る。

 

漫画を書く前のウォーミングアップ№2をする露伴から始まる。

本編には関係ないが、このシリーズでは冒頭でこういったシーンが入ることがある。

 

上述のレストラン『トラサルディー』で岸辺露伴は食事を摂っている。

『鮑のリゾット』を食べながら『フランチャコルタ』という種類のワインを飲んでいる。

リゾットには細かく刻んだ『冬瓜』と、すりおろしたトロロイモが入っており、鮑の肝で作ったソースとチーズで味付けをしている。

その上に、鮑の切り身がのっている。

これを食べた露伴は「うっ………美味すぎる……」と呟く。

突然、露伴の両目がドロドロに溶けて流れ出す。

 

「疲れ目がスッキリしたああっ――ッ」

いつの間にか流れ出した両目が元に戻っている。

そして、目の前には店主のトニオ・トラサルディー。

「感動させていただいた」と料理の感想を述べる露伴だが、トニオは「しかし、とても、ひとりではできないこともございます」と気乗りしない様子をしている。

露伴がキッチンの方に目をやると、車椅子に乗った女性がいることに気づく。

 

トニオは改まった態度で「友人としてお願いしたいことがあるのですが」と切り出す。

その内容とは『鮑』の収穫への同行。

物語の舞台となっている杜王町、そこの『ヒョウガラ列岩』という場所では、特別なクロアワビが採れるらしい。

それが手に入れば、

「最高の特別料理を作ることができます」

 

興味が湧いたのか、露伴がクロアワビについて検索すると、以下のことがわかった。

・縄文時代から食べていた。

・伊勢神宮の神事にも捧げられる。

・『のし袋』のデザインに使われる。

・夜行性

・岩礁にくっついてワカメなどの褐藻類を食べる。

・貝殻は一枚だが、ハンマーで叩いても、車でひいても割れないぐらい頑丈。

・攻撃されると、岩に張りつくことで身を守る。

・天敵はタコ。

・貝殻の穴は呼吸や排泄物や精子の放出するためにある。

・真珠を作る個体もいる。

 

ここまで調べ終えると、露伴はトニオに「漁師たちから直接買えばいいだろう?」と問うが、貴重な鮑であることを理由に「ひとつも売ってくれません」と返ってくる。

これに露伴は、売ってくれないから採りに行こう、というのは『違法』だろう、と驚くがトニオは「採るのはわたしです…。夜行くのであなたは電灯を照らしてくれるだけでいい」と露伴が行く前提で役割分担を説明する。

露伴は、自分は社会的に有名な人間だから犯罪に関われないし、鮑の稚貝は収穫できるようになるまでに5年以上かかるから、と断ろうとするが「『密漁』をします」とトニオから言われると「だから気に入った」と応じる。

「良し(ベネ)」と満足げなトニオ。

 

しかし、密漁には問題がある。

江戸時代の杜王海岸において鮑の密漁は『死刑』になる罪で、現在も鮑を守る『番人』がいたり、監視カメラがあったりする。

それらはどうするのか問う露伴に、杜王町の歴史を調べている内に『密漁の伝統』に行き着いた、と話すトニオ。

誰にも気づかれない『方法』があるらしく、地図を開いて漁場の周辺を解説する。

地図にはカメラの位置が書き込まれており、ヒョウガラ列岩の北から回り込むことでカメラの死角から漁場に近づける。

 

さらに、『日時』も重要で

・年に一度

・8月のお盆前後の満月の夜の数時間

・水温は25℃

この条件を満たすと、月の引力で列岩の周囲の潮の流れが変化する。

その変化で、クロアワビは地球の上下がわからなくなり、岩を離れて泳ぎ出す。

トニオはその様を『踊る』と表現する。

 

場所と時間が変わって、先ほどの話にあったクロアワビが『踊る』日は今日だったらしく、露伴とトニオは夜中の海岸に移動している。

捕まえ方も簡単で、列岩の北側で待機し、泳いで出てきた鮑を手で捕まえてカゴに入れるだけ。

この数時間が終わると鮑は元の生活に戻っていく、これをトニオは「完璧でまさに芸術」と評する。

しかし、露伴は「君はとても重大な何かを隠している」と危険を冒してまでクロアワビを欲する真の理由を問う。

 

さっきレストランで見かけた車椅子の女性が関係しているのか、と掘り下げた質問をすると、トニオは涙ながらに、私の故郷のアマルフィーから来てもらった恋人だ、と答える。

彼女には頭の中に腫瘍があって、立って歩くこともできないこと、スタンドの『パール・ジャム』でもどうにもできなかったこと、杜王町のクロアワビで作った料理なら少しでも回復するのではと考えていることを語る。

「だから、わたしは故郷を離れて、この杜王町に来たのです」

この言葉を聞いた露伴は「…好奇心だけだがな……」と言いながらもスイムウェアに着替えていく。

 

スイムウェアに着替え終わった二人は早速海に入り、漁場から出てくる鮑を待つために列岩の北側で待機する。

突然、何かが水面をバシャッと叩いた。

それっきり海は穏やかに波音を立てている。

「まさか『番人』か?」と慌てる露伴に、近くの岩場をライトで照らすように言うトニオ。

光の下を何かが通り過ぎる姿がチラリと見える。

今度は右の海中を照らすように言われ、照らすと「おいッ!なんだ、ありゃあッ!」

そこには大量の鮑が……。

 

二人は大笑いしながら鮑を抱えてカゴに入れていく。

露伴の想像を超える光景だったらしく「来てよかった」と満足しているが、その視界の端に『禁漁区』―東方家―と書かれたブイが入る。

ここの漁場は東方一族の私有地だから、漁師がトニオに『鮑』を売ってくれなかったのか、と考えていると、トニオの姿が見えないことに気づく。

周囲を見渡すが、どこにもいない。

まさか、と思い潜ってみると、トニオが海底にいる。

 

潜らなくても採れるのにどうして…。

しかし、仰向けで動かない様子を見て、溺れて沈んでいると判断する。

トニオを救助しようと身体に手をかけると、目視できる範囲で三個の鮑がくっついていることに気づく。

水深5メートル、鮑の重さが含まれていることもあり、自分の力では引き上げられないと判断した露伴。

カゴが流れていかないようにするためのロープの存在に気づき、それをトニオに結んで引っ張り上げようと考える。

海面に出た露伴はロープへ向かおうと泳ぐも、なぜか海底に沈んでいく。

違和感に気づいて脚をライトで照らすと、鮑が張り付いていた。

鮑を剥がそうともがく内に、トニオと同じく海底まで沈んでいる。

 

再び海面に出る露伴。

トニオの救助をしないといけないこともあり(番人でもいい…)と思いながら、大声で助けを呼ぶが、誰も来る気配がない。

カゴから伸びているロープに掴もうとするも、沈んでいく。

鮑の重さは2㎏ほどだが、それでも勝手に沈む。

自身は一個のところ、トニオには三個、このことから(この『重さ』のせいで溺れたのか…!)と推察する。

*ダイビングについて少し調べてみたが、ボンベを背負わずにウエットスーツだけで潜るのに、2~3㎏ほどの重りが必要とのこと。

その重りがあるからこそ、ウエットスーツの浮力に負けずに潜ることができるらしい。

 

懐中電灯で殴って鮑が剥がれないか試してみるも、ギュッ!と力が強まったのを感じ、あることを露伴は思い出す。

鮑について調べたときの一節、鮑の殻はハンマーで殴っても簡単には砕けず、攻撃を加えると強い力で張りつく、というものだ。

そこへ、頭に張り付こうとするかのように鮑が近づいて来る。

気づいたときにはもう目の前。

が、かろうじて懐中電灯で弾いて難を逃れる。

 

この鮑を『スタンド能力』による攻撃ではないか、と疑う露伴。

しかし、冷静に鮑の動きを見ると、潮の流れに乗って漂っているだけ、ということに気づく。

(漂っているものに触れたらひっつかれる。ただそれだけ)

それだけだが、トニオは三個に触れてしまい溺れている。

「ぼくはたったの一個で!」と言うが、露伴の背中には気づかぬうちに鮑がくっついている。

その数、四個。

 

いつの間にか海底に沈んでいることに気づき、三度海面に浮き上がってロープを掴もうとするも、これまでにない勢いで海中へ戻される。

(なんだぁあ!?重すぎるぞッ!!)

異常を感じて背中に手をやると、そこには鮑の感触が…。

 

とっさの判断で、スイムウェアを脱ぎ捨てることによって身軽になった露伴は、四度目の浮上を敢行する。

ようやく成功し、ロープにもたどり着けた。

慌ててロープを引っ張ると、大量の鮑が入ったカゴにロープが通っており、カゴのバランスを崩して倒してしまう。

露伴はカゴに入った鮑を全身に浴びてしまい、これまでにない速さで海底に沈んでいく。

海底に沈みきった露伴には十何個という鮑がくっついており、浮かび上がれそうにない。

そんな露伴の視界には、岩陰の大量の白骨死体が入っている。

 

(どこの何で調べた情報か知らないが…)

と露伴は脳裏に一つの仮説を浮かべる。

それは、『密漁の伝統』という情報そのものが『罠』というもの。

状況的に白骨死体は、かつて自分たちのように密漁をしようとして『失敗した者たち』なのだろう。

かつての杜王海岸では密漁は『死刑』だった。

密漁者が『密漁の伝統』という情報通りに密漁しようとすると、自分たちのように海底に沈むことになる。

つまり「鮑の習性を利用した罠!」

 

しかし、ここで諦める露伴ではない。

「岸辺露伴をナメるなよッ!」と打開策がその頭の中では完成しているようだ。

傍にいた『タコ』に、スタンドの『ヘブンズ・ドアー』を使用して鮑を攻撃するように命令を書き込む。

鮑の天敵は『タコ』。

この情報も正しく、露伴の身体にくっついている鮑を『タコ』が剥がしていく。

 

難を逃れた露伴は、レストラン『トラサルディー』でトニオの作った『タコのトマトソース煮』を食べている。

しかし、新作アワビ料理が提供されておらず、それに対して不満を漏らす。

冒頭と同じく、キッチンの方に目をやるとトニオと話をする女性の姿が映る。

その女性は車椅子を使うことなく、自分の足で立っていた。

 

 

感想

実写ドラマ化ということもあり、タイムリーな『密漁海岸』の漫画原作を今回の更新で投稿することにした。

感想の後半では実写版との違いも比較していくつもりだ。

 

ストーリーの全体としては、自然の脅威や伝承といったものとスタンドがミックスされていた。

最近の『ジョジョの奇妙な冒険』は、スタンド使い同士のバトルだけでなく、日常の中に潜む怪現象、謎の生き物、心霊、といった自然にスポットライトを当てた話が増えてきている。

そのような、一口に不思議と呼ばれるものに関して、『ジョジョ』の登場人物は「そういうものなのだ」と割り切ったり、巻き込まれつつも間一髪で切り抜けたり、といった解決することではなく共生することを選んでいる。

 

今回の『密漁海岸』でもそうだ。

序盤は、密漁する事に対して『番人』や防犯カメラ、『禁漁区』のブイ、といった人間の関与をほのめかす単語が提示されていた。

しかし、中盤から終盤にかけて流れが変わってくる。

『ただ人の目を盗んで鮑を取る』ということに終始するのではなく、鮑の習性という自然の力が立ちはだかるのだ。

 

鮑の習性を利用することで密漁者を始末する。

これを考えたのは実在の人間でも、伝承という形で密漁のやり方だけ後世に伝われば、気付いた時には既に遅く、鮑という自然の力によって海底に沈んでいることになる。

露伴とトニオの場合は、最終的にはスタンド能力を使用することで、難を逃れることができたのだが、自然の力は人類の脅威として表現されている。

 

『ジョジョ』は第一部では吸血鬼と戦っていた。

そこから第三部でスタンドが生まれ、スタンドを駆使したバトルがメインになっていった歴史がある。

だからこそ、近年のスタンドバトルだけではなく、自然現象や心霊といったものとの共生を描いていることに、先祖返りと言うべきか、不思議なものとスタンドのハイブリッドと言うべきか、そういった方向にストーリーが変わってきていると感じる。

 

そして、共生を描く過程において、自然や歴史へ敬意を払うことの必要性を表現している。

それらを忘れてしまった人間は、自然の前になすすべなく淘汰される。

淘汰された者とされていない者。

この両者を描くことによって、人間と自然の適度な距離感や緊張感が作品に表れている。

 

しかし、『ジョジョ』シリーズの根底に流れるテーマである『人間讃歌』は変わっていない。

未知なもの、強大なものと遭遇したときの恐怖心。

それを克服するための勇気。

この二つの感情が『人間讃歌』を生み出している。

 

漫画版『密漁海岸』では、スピンオフでなおかつ読み切りということもあり、説明の難しいスタンドを省いてホラーやミステリーをメインにし、最後に少しだけスタンドを使う、という形式になっている。

実写版でも一貫してスタンドという言葉を使わずに、露伴やトニオといった個人個人の『能力』という表現に終始している。

次項では実写版との比較をしていく。

 

実写版との比較

大きな目立った特徴としては、トニオ・トラサルディーの紹介方法だ。

彼が初登場するのは、原作の『ジョジョの奇妙な冒険第四部 ダイヤモンドは砕けない』の中のエピソードの一つである『イタリア料理を食べに行こう』となっている。

そのエピソードを登場人物の一部変更をすることで実写ドラマ化していた。

そちらについては、後日投稿する予定だ。

『密漁海岸』単体での大きな変更点や追加要素について、四つ解説する。

 

①    冒頭の『ヘブンズ・ドアー』を紹介するための二人組

この二人は実写版において、同一の役者が演じており、泥棒、故買屋、密漁者といった様々な職業で登場する。

そして『ヘブンズ・ドアー』の『能力』によって、心理や過去を覗かれる被害者になる。

この二人のおかげで『ヘブンズ・ドアー』とはどういった『能力』なのか、わかりやすく紹介されている。

 

②    鮑についての情報を得る過程

お互いが情報を持ち寄っている。

露伴は鮑の密漁に関しての古文書を古本屋で購入している。

そこに書かれている場所や時期が、海辺での行方不明事件と符合していることから、何かあるのでは、と考えている。

一方、トニオは料理の研究をするために世界中を旅しているときに漁師から鮑の存在を口伝されている。

 

③    トニオの彼女の設定の変更

漫画版ではトニオの故郷のイタリアから日本に病気の治療のために来ているが、実写版では薬膳料理の勉強をするために来日したトニオと出会っている。

国籍もイタリア人から日本人に変更されており、パティシエとなっている。

他にも、漫画版では鮑を食べて回復しているが、実写版では鮑を食べたタコを食べることによって回復している。

 

個人的にパティシエに設定を変更していることが、この実写化において一番良かった変更点だと考えている。

シェフのトニオが出会いそう、という意味での自然さを感じられた。

漫画版では一人ですべての料理を作っているトニオだが、実写版においては一人ではない。

「しかし、とても、ひとりではできないこともございます」という発言を漫画内でトニオはしているが、その意味は密漁だけではないのだろう。

お互いの得意料理を出せる店、二人いるからこそできること。

前記の発言の答えを実写版では、トニオの母親のレシピのクロスタータをトニオの彼女が作って出してくる、という温かみのある形で出せていた。

 

④    密漁者への『罠』

漫画版では鮑の重みで、海底に沈んでしまい浮かび上がれなくなる、という鮑の習性を利用した『罠』となっている。

しかし、実写版では海の深さも足がつくぐらいだったり、謎の海流によって密漁に失敗した人が行き着く浜辺に運ばれたり、そこから漫画版と同様に海に引きずり込まれたり、となっている。

また、冒頭で露伴が調べていた海辺の行方不明者が、密漁に失敗した人物だと判明するといった、ミステリーやホラーのジャンルの作風にアレンジされている。

 

このように、漫画版と実写版ではいくつか異なる点は見受けられても、実写化するに当たって設定を変更している点が多いため、そういったつじつまをしっかり合わせることができていた。

それには、担当編集の(いずみ)京香(きょうか)の存在が一役買っている、と個人的に考えている。

岸辺露伴は喋るキャラよりは、モノローグで考察や思考する姿が目立つキャラをしている。

だからこその『動かない』なのかもしれない。

そのため、よく喋る泉を実写化におけるバディーとしたのは、物語における緩急の緩の部分を果たしている。

 

最後に、個人的に「面白い」と思ったシーンを紹介する。

『密漁をします』と『だから気に入った』の一連のやりとり

実写版の方がトニオの意志の固さを確認するかのような、念入りな会話のテンポになっており、この言葉の重みや存在感が目立っていた。

 

それでは次回の更新をお待ちください。