夏☆旅 その3 広島編 | 鎌倉 ☆ 散歩 

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写真付日記です。
出没地は鎌倉、逗子葉山、神田界隈。
鎌倉をこよなく愛しています!

日本三大平城の一つでもある広島城。


毛利元就の孫、毛利輝元が築城しています。


かつては数多くの櫓があったそうですが、残念ながら現存しているものはありません。


これは平成に復元された 二の丸の平櫓です。 


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こちらは表御門。 


この表御門は16世紀末頃の建造と推定され、約350年間、存続していたそうです。


しかし、1945年の原爆で破壊され、1991年 (平成3年) に復元されています。


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~ 軍事施設の広島城 ~


明治維新以降、広島城は急速に姿を変えていきます。


廃藩置県後、軍の施設が建てられるようになった広島ですが、


日清戦争 (1894年、明治27年) 時に大本営が広島城内に置かれたため、


城内一帯は軍の管轄下におかれ、軍事拠点しての性格を より一層強めていきます。



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なぜ大本営を広島に?


さっそくググってみると、


1889年 (明治22年) に大型船が入港できる宇品港 (現:広島港) が開港したこと、(=海外派兵の容易)


加えて、5年後には東京から宇品までの鉄道が開通したこと、 (=軍事輸送の容易)


このような理由により、大本営は広島に設置されたようです。



思えば、この時から広島は軍の中心地となり、


それが原因で、被爆都市という悲しい歴史を背負っていくことになるのですね。





爆心地からほぼ1.5km圏内にあった広島城。


原爆によって、江戸時代以来残っていた 天守閣や表御門などは全て失われます。


もちろん、城内にあった軍事施設のほとんどは壊滅的な被害を受け、


約1万人の兵員は全て死亡しています。



被爆直後の広島城内は、原爆で家を失った人々の住宅が建ち並んでいたそうですが、


その後 周辺の整備が進み、官公庁や公園等が どんどん造られていったそうです。



一方、原爆で倒壊した天守閣は 1951年 (昭和26年) に体育文化博覧会のパビリオンとして、


木造の天守閣が一時的に復元。 その後すぐに取り壊されましたが、復興の進んだ広島を内外に


アピールするために、1958年 (昭和33年) に広島復興大博覧会を開催。 


それにあわせて、現在の天守閣も鉄筋コンクリートで再び復元されることになったそうです。



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天守閣からの眺め。


周辺には官公庁、ホテル、ビルなどが建ち並んでいて、平城であることを再認識させられます。




東側の眺望


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南側の眺望


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広島城は近くで見るよりも、少し離れて見た方が美しいお城です。


天守閣を取り囲んでいる広々としたお堀に、美しい三角ラインのお城。


今回は南西側のお堀から撮りましたが、ここから見る天守閣とお堀のバランスが、


一番良いように私は思います。



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さて、広島城見学の後は、城内にある広島護国神社でお参りをします。


広島東洋カープが 毎年参拝に来ることで有名なこの神社。


最近改築されたばかりなので、どこもかしこもピカピカです。



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お参りをした後は、ブラブラと広島市内を散策します。


やっぱりご当地マンホールは目につきますね。 


左は千羽鶴。  右はカープと紅葉のコラボレーション。


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もちろん、広島名物のお好み焼きもいただきましたよ!


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そういえば、ビックリしたことが一つ。


広島のアーケード商店街の中には信号があります!


そして、アーケード商店街の中を車が普通に横断します!!


これって普通なんでしょうか? (私が知らないだけ?)


旅を終えた今でも やっぱり気になります。


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