刺客の大原 -34ページ目

刺客の大原

オフィシャルブログ

「本気になれなかった」人の資格取得
・・・とか言いつつ
日々適当にふざけた事を書いてます

協会のHPで一次試験の合格者の番号の掲載があったので、私の番号を探してみたところ・・・

 

あたたたたたたた

あった。ありました。

 

一瞬無いかと思ってビックリしたけど、あった。合格してました。

 

昨晩のブログでも書いたけど、合格発表当日に幽霊見たんだもの

 

不吉だなと思っていたし、自己採点でもビミョーな点数だったので焦ったよ

 

あせったー、怖かったー

 

合格発表当日だと、幽霊なんか見てもマジでどうでもいい感じ

昨日はあれからぐっすりと眠った

 

子供のころは幽霊といえばヒジョーに怖い存在だったと記憶しているが、歳のせいなのか、中小企業診断士の試験に集中してるせいなのか

 

幽霊? マジでどうでもいい!

 

という感覚だ

 

さて、昨日の幽霊の絵を書いてみたのだがこんな感じだ↓

 

こんな感じでエレベーターの反対側の大きいガラス(ほぼ全面のガラス張りの壁)に反射して映っていた

ピンクかベージュのカーディガンっぽい上着で中は白いブラウス?

スカートは濃いめの赤か茶系統の色

髪の色はほぼ黒髪、明るい茶髪ではない

子供は全体に白っぽくて、ぼんやりとしか見えてない

 

1~2秒間だったから、憶えているのはこんな程度だけど。。

 

でも子供も含めて微動だにしない1~2秒間だった

ずっとこっちを見て立ってた

 

ガラスに反射して映っていたとすると、位置関係はこんな感じになる

↑エレベーターの中にいるのが俺

エレベーターが小さく見えるけど実際には4~5人くらいは入れる大きさ

 

書いた時に間違ってボタンいっぱい書いてるけど、実際には1Fのボタンは「開」と「閉」の二つだけでした。

 

私がマンション入り口から入ってきて、「開」ボタン押して、中に入って、振り返ってエレベーター内の階数ボタンを押して、反対側のガラス見たら子供抱いた女性が映っていて、、、居るとするならこの辺にいたことになるけど、、居るハズが無い

 

この位置にはポスターとかも無いので何かと見間違えるワケはない

私は黒いポロシャツにジーパンだった。自分の姿と見間違えた可能性も無いと断言できる。

 

このエレベーターがあるフロアに入る前には自動ドアがあるから、もし誰かが後から入ってきたら自動ドアが動く音がするはずだ。 でもしなかった。

 

っていうか、実は二週間前にもエレベーターで奇妙なことがあって、、、

その時も女性の姿を見たのだけれど、昼間だったか夕方だったかなので、その時は幽霊だなんて思いもしなかったけど、今思えばそうだったのかもしれない。長くなるから今日は書かないけどね。

 

 

この「子供を抱いた幽霊」は何だったのか?

 

中小企業診断士一次試験の合格者発表の当日に見たことから、私はこの「子供を抱いた幽霊」の正体はきっと

 

聖母マリア

 

だったのではないか? という気がする

 

いやいや、、どう見ても「聖母マリアとキリスト」っぽくないと見えるかもしれないが、今ある我々の「聖母マリア」のイメージ像は、のちに美術家たちが勝手に想像で描いたものでしかない。

歴史的な偉人とか有名人でも、実際に会ってみるとごくごくフツーの人だったりするものですよ。

 

「聖母マリア」がこんな「ユニクロ・コーデ」みたいな服着ないだろ? と思うかもしれないが、「聖母マリア」だってもう二千年くらい「聖母マリア」やってるんですよ、いつも同じファッションだと飽きるだろうし、現代に現れるときは現代風の格好で降臨するんですよきっと。

抱いてる「イエス・キリスト」も現代風の白っぽいベビー服でした。

 

 

何故に「聖母マリア」だと思ったかというと、、、

 

以下の表は私の今年の中小企業診断士一次試験の勉強時間である

 

開始したのが7月31日からだが、この日は集中できず1.0時間だけで終了。

そこから試験当日も含めて合計で

 

24時間と30分しか勉強していない(笑)

 

そのうち、10時間は試験日当日にやっているから、試験前日までだと

 

14時間30分しかしてない(笑)

 

 

これはもう、ほぼ

 

やっていない。といえる。

 

CMで「やればできる子、YDK」とかいうけど、そもそも人体に「やる気スイッチ」なんてものは無いんだ!

「勉強やらない子」は、結局何を言われてもやっても「やらない」ものだ。

つくづく自分がイヤになるくらい俺は「やらなかった」。

 

そして、ここから聖母マリアの話になるのだが・・・

 

この人は処女であったのに、イエス・キリストを受胎した

 

お分かりだろうか?

 

つまり、「刺客の大原」も「聖母マリア」も・・・・・

 

 

ヤッてないのに、できる子

 

なのだ

 

あの世の「聖母マリア」は、現代の日本で自分の他に「ヤッてないのに、できる子」が居ると知り、一目姿を見たいと思い、ユニクロ・コーデで降臨されたんだろう。

幽霊は幽霊なんだろうけど、「聖母マリア」の幽霊だ。きっとそうだ。

 

ペタしてね

 

 

AM1:30頃、明日回収のゴミを捨てに行って、

帰ってきてマンションのエレベーターに乗りこみ

「閉」ボタンを押してドアが閉まるまでの1~2秒間

 

エレベーターから15~20mくらいの距離の反対側の大きな窓ガラスに

子供を抱いた女性の姿が映っていた

こちら側を向いて・・・

 

もちろんそれは私の姿じゃない

位置的にもちょっとだけ斜めの位置だし

 

ガラスに反射しているのか、ガラスの向こう側にいるのかは判らないような

うっすらとした感じだったけど

でも、形や色はハッキリと見えた

 

子供は向かって左腕のほうで抱え、右手でお尻のほうを支える感じ

髪の長さは肩よりちょっと長い

ピンクかベージュのような色の上着を羽織っていて中は白いブラウス?

スカートは何色かハッキリ見えてないけど赤茶系の暗めな色

 

顔はぼんやりして判らない

でも直立した全身像はしっかり見えた

全く動いていない、写真のような感じだった

 

ガラスに反射して映っているなら、私の乗ったエレベーターのすぐ横に立っていることになる

もちろんそんな女はいない。いたら乗る前に気づく

そして私と一緒に乗ってるはず

 

あのガラス窓の向こう側は道路ではないし、、行けなくはないだろうが、ちょっとした植え込みしかない

こんな時間に1歳児くらいの子を抱いて外に出てるヤツはいない

 

真っ直ぐこちらを見てる感じだった

 

私自身に思い当たるフシは無い

 

いや、なくはない・・・のだが・・・

 

子供は双子だったので、あの子だったら両手で抱いてるか、双子用のベビーカーのハズだ

 

だから幽霊だとしても、私には関係のない幽霊だろう

 

よかった

 

ちょっとだけ驚いてブログに書いたが、全然普通に眠れそうな自分の感覚のほうが怖い(笑)

 

寝よう

ペタしてね

 私がどうしても理解できない人間、それは「走るヤツ」「登るヤツ」だ。

 

 皇居の周りとか公園を何回もぐるぐる走るヤツとか、山に登るヤツとか・・・

 

 何か「目的」があってやってるならいいんですよ

 高山地帯にしか咲いていない花の写真を撮りたいので「山に登る」とか

 バス賃や電車賃を無くして、でも急ぐ用事があって「走ってる」とか

 

 でもヤツらは、どこに辿り着きたいのか自分でも解らないまま、考えないままやってるでしょう?

 

 人生、迷うことはたくさんあるでしょう

 でも、自分自身が今、迷走しているという自覚を持つことがそこから抜け出す最初の一歩なのだと思うのです。

 ヤツらは考えないのです

 「オレ、何やってんだろ?」

 ということを・・・

 

 何で走るの? 何で走るという手段なの?

 何でタクシーとか使わないの? お金無いの?

 そうだとしても、走るメリットはあるの? 歩きじゃダメなの?

 

 私は中学生の頃、登下校は徒歩だったが、信号待ちの時間を考慮しても10分あたり1km、時速に直すと平均6km/hなんだな。。と思った記憶がある。

 あらためてネットで成人男性の歩くスピードを調べてみても、大体5km/hくらいと出てくる。

 

 つまり、1時間で5km

 10時間なら50km

 

 100kmという距離は、、、

 

 普通に歩けば20時間で到達できるのだ!!

 

 

 これが、10時間以内に着かなきゃならない!!っていう目的があるなら「走る」という手段を選択するのもありでしょう。

 でも、走るというのは、スピードは出る反面、「膝」や「腰」などの関節という関節に負担がかかるのですよ

 一瞬一瞬とはいえ自分の全体重の衝撃が都度各関節にかかるのですよ

 

 この負荷が長時間続けば当然ながら関節を痛め、途中で長時間休憩したり、痛みどめの注射を打ったり、結果として最初から歩くより時間がかかることになります

 

 それで、24時間で100kmを体ボロボロになりながらゴールしたからって、、、

 

 感動しろと言われてもやっぱり感動できませんよ

 

 日雇いの仕事って結構あって、日通の引っ越しなんか朝から午後の3時くらいまでやれば9,000円か1万円くらい稼げる。

 1万円くらいあれば新幹線やら電車でかなりの距離のところまで数時間で行けるよ。だから無一文であって、、あるいは使えるお金の上限が決まっていて、そういう制約条件の中で24時間以内にどこまで遠くに行けるかということを競い合っていて、それですごい距離まで到達したら感激するかもしれないけど、、、、

 

意味もなくただ100km歩くというのも馬鹿げているけど、、、

 

それを歩くよりも時間もかかり、かつ体の負担もかかる方法でやるのはもっと馬鹿げているとしか言えない

 

道路を100km走ろうとして、途中で倒れる人を救助する場合はまだいいよ

山に登って遭難するヤツ、こいつらの捜索や救助には「金」がかかる

 

どんだけ他の人に迷惑がかかるのか解っているのか? と思うよ

これが、山頂に「宝石」があるとかそういう理由があって登ってるならいいですよ

大金持ちだっていうならいいですよ

 

「チャンス」が皆無で、「リスク」しかないことに何で時間を使ってんの?

まったく理解できない

 

理解できないから感動もできません

 

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