気づけば、予定日2日前になってます。ジュンちゃんママが毎日電話
をくれます。「大丈夫?陣痛きそう?」って。何にも起こらないこの体が申し訳ないです。。。陣痛がきたら
を出してくれるので、仕事はいつでも休めるようになっているようで、それもまた申し訳ないよー。
ぴよの時の出産
シーンを思い出してみました…![]()
ぴよの時は1週間たっても産まれなかったので、子宮口も柔らかくなってなかったしね。予定日が8月3日だったんだけど、10日の15時に入院してそこから促進剤の服用スタート。
その日は何も変化なし。次の日の朝、内診でちょっとは子宮口が柔らかくなったようなので、点滴に切り替え。15時半頃また内診、そして、何も言われないまま突然の人口破膜。羊水がジャーって出てびっくり
した記憶があります。
そこから少し勢いがついてきて、19時頃には生理痛の重いような状態。陣痛室は身内でも立ち入り禁止だったので、すごく心細かった。お腹がずーんと重い感じ。でも、陣痛はもっと痛いはず
とずっと思ってっていたので、それほど痛くなかった記憶しかないです。
20時頃、トイレに行きたくなる。というか、いきみたくなってくる。でも、子宮口がまだ全開じゃない。先生が見に来てくれて「これじゃ今夜は産まれないわ」と言い残して、去っていく…。えー、今夜も産まれないの???と私はガックリ![]()
おしっこしたくなって、ベッドの脇にポータブルトイレを持ってきてもらう。陣痛の間欠期によっこらと便座に座って用をたす。この起き上がったせいで勢いがついて、もういきみたくてしょうがなくなる。ちょっと位いきんでもいいかな
なんて思って、ちょっといきむと、赤ちゃんの心音が止まる…
ダメじゃん
研修に来ていた学生さんがいきみ逃し『ヒッヒッフー』をリードしてくれて助かりました。
21時頃、もういんでないの
という自分の判断でナースコールを押す。先生も一緒にやってきて「あら?もういいわね」だって。「次の陣痛の間欠期に分娩台に乗ってくれる?」と先生が言ったので、陣痛がおさまると同時に、分娩室へ小走りで向かって、台に飛び乗る。
多分、分娩台に乗った時点で子宮口は8cm位だったと思う。しばらくいきみ逃しさせられていたから。でも、いつからいきんでいいのか誰も教えてくれない。たまらなく「いきんでいいですかー
」と聞くと、「いいわよ」との声。よっしゃーっと踏ん張る。
途中、過呼吸で手がしびれて目の前がぼやけてきた。なんか、マスクをはめられるも逆に苦しくて、すぐに自分ではずした。陣痛の波とともにいきみ続ける。会陰切開もされ、頭が出てきた頃「何か挟まってるんですけどー」という自分。頭だろ頭・・・。
「頭が出たからあとは、次の陣痛まで待つ?それとも出しちゃう?」という先生の言葉に「待ちません
」といきんでにゅる~んと出てきた。すっきり爽快
10か月分の便秘解消![]()
と、言うわけで2003年8月11日21時34分にぴよは誕生
しました。分娩台に乗ってからは30分ほどでの出産で、先生に安産ねーと言われました。
でもね、胎盤が出てこなくて、先生に手を入れられてかき出されたんですよ…
それが陣痛より痛かったかも。会陰の縫合も痛かったなー。「まだですか?」って何回も聞いてた。
それとそれと、促進剤の点滴をずーっとしてたもんだから、腕がしびれるわ、いきみ逃しの時に邪魔だわで、点滴はもうしたくないです。あざになってたしね。
次の日、はち切れんばかりに腫れたおっぱい
も大変でした。母乳マッサージは地獄のよう。。。
と、色々思い出すと怖くなってきた出産ですが、子供の顔を眺めてるだけで忘れちゃうのよね。産後の私は興奮で眠れず、血圧は常に140以上をキープ。2日目から母子同室だったので、何をするにもぴよを
眺めてました。看護師さんに「寝て下さい。寝ないと血圧下がらないわよ
」と毎日言われてました。
妊婦の皆さん、良いお産を~
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