辛かった思い出 | 日々の備忘録と仕事とフラメンコと…

日々の備忘録と仕事とフラメンコと…

主人と死別、小さな会社経営とバイトしながら呑気な一人暮らし中!フラメンコを楽しんだり離れて一人暮らしをしている新社会人と大学生の息子2人のお世話をしたり、介護も少々。お金はないけど自由奔放なアラフィフのひとりごと…

命日が過ぎても、毎年その直後はやっぱり色々と思い出してしまう。しかも何故か辛いことばかりを…


先日、偶然にも亡くなった旦那さんの大学の先輩で仲人をして頂いた先生を遠目だけど久しぶりに見かけた。弁護士さんなので私達は先生と呼んでいた。



なかなかお会いすることもなく、年賀状のみのやりとりになってる


先生のとことは子供の年齢も近く、よく一緒に遊んで頂き、ワイワイとバーベキューもしたり。その間も先生と旦那さんは飲みながら仕事の話に花を咲かせて楽しそうだったな。


旦那さんが亡くなった次の年の地元のお祭り(初子のお祝いをするお祭り)に私と息子2人を招待してくれた時のことは今でも忘れない。まだ喪中だからとても迷ったけど、母が家に閉じこもっていても仕方ないし気も紛れるだろうから行ってきたら?と勧めてくれたので行くことに。


いつものように子供達はワイワイ遊んでて、それを見てると気が紛れていたし笑う事も出来た。その後、地元の町内の人達が先生の家にお祝いに来た時のこと。その中に旦那さんの部下がいた。旦那さんも可愛がってたし、その方も旦那さんを慕っていた。私は嬉しくて、笑顔で
「こんばんは!」
と声をかけた。
そしたら、予想外の反応。会釈のみでほぼ無視。というか軽蔑されてるようにも感じた。なんでわらってるの?と。


もうそこからはまた地獄に逆戻り…


私は笑ってはいけないんだ…


もう、その後はそこにいるのが辛く、笑顔も出来なくなり。せっかくの楽しいお祭りなのに申し訳ないと思い、お礼を言って家を出た。帰り道、まだ1歳になったばかりの次男は疲れてぐずり始めたので抱っこして、4歳の長男は頑張って歩いてくれそうだったので手を引き、真っ暗な長い道のりを歩いて帰った。


今でも忘れない出来事だし、それ以降しばらくの間子供の前以外は笑えなくなっていて本当に苦しかったのを思い出した。


この経験をしたからこそ、同じように辛い経験をした人には
(笑っていいんだよ!)
って、声を大にして言いたい
笑っていいではなく、無理してでも笑おうって。ご飯も美味しくモリモリ食べてもいいし、お酒を飲んだっていい!喪中の間それをしたらいけないなんて法律はない!


逆にそうしなければ立ってるのも辛いくらいなんだから…


そしてそしてとにかく忙しくしよう。考える時間を少しでも減らすために。止まると絶対に思い出しちゃうから。そして、泣きながら寝ればいい。疲れて寝ればいい…そしたらその日は終わるから。


時間は解決してくれないけど、心を癒やしてくれる


これは間違いないと思う


そして私のように他人の態度や言葉で傷つかないで欲しい!この気持ちは誰にも分からないし、笑ってたって心の底から笑えるようになるまでには何年もかかるってことを本人以外は理解が出来ないと思う。


私は何年もの間、旦那さんの亡くなる瞬間がフラッシュバックとして日に何回も起こっていた。いわゆるPTSD(心的外傷後ストレス障害)。こんなことが起こっていることは誰も知らない。きっと同じような方もいると思うけど、月日が経つにつれ頻度も減るし気持ちも安定してくる。


今は色々な辛かったことを思い出してやっぱり泣いてる日もあるけど、もう大丈夫!この16年の間、1人で息子2人を守るために相当強くなった!本当に信頼出来る人にも恵まれて。


もう、なんでもかかってこーい‼️


って感じチュー