この写真の人々は

何を思っているのでしょうか?











15年前のこの日
日本の半分が揺れ、
東日本の半数が被災した震災


ニュースで壊滅状態・想定外という言葉を
初めて聞いた気がします







このエリアで起こった48年前の宮城沖地震で
住宅の倒壊が問題視されたこともあり、3.11に
よる死者の9割が津波によるものと言われます。










今更ですが、過去の記録や地名に目を

向けると水害を彷彿させる地名が出てきます。


波分(なみわけ):

津波がその地点で二手に分かれた地名。

荒浜(あらはま):
その名の通り荒れる浜を意味する地名。
当時2000人以上800世帯が暮らしており
海水浴場があった町。
旧荒浜小学校のみが残り、津波で町は壊滅、
小学校は現在震災遺構として保存。

閖という字は仙台藩主が付けたとされ、

3.11では9mの津波を観測した。

「ゆり」という読みも過去に水による
甚大な被害があったと場所に
つけられることが多い。












忘れてはならないことは
他人事ではなく、また起こります。

宮城県沖地震は30年〜40年に一度の周期で
起こると言われています。












街はこの15年までに
次の震災に備えて総全長400km
最大約15mの防潮堤を作り上げました



「街の景観が損なわれる」
「海の見えない復興でいいのか」
と言った反対意見はあったものの、
最優先ではない。



誰も望んでいなかったものの、
日常があれほど一瞬で失われるのを
体験してしまったからこそ
街は要塞のような防潮堤を
建てる事を選びました。



この決断が3.11を経験していない
子供たちが震災を経験したときに、
一人でも多くが救えますように。

荒浜旧海水浴場、2017/1/1撮影
黙祷。