病院が向こうからやって来た
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作家の男 第六回(終)

 彼は懲役四年になったという。誰も人が死ななかったことや、彼の前科等が全くなかったことが幸いしたのだろう。しかし、彼はワイドショーの話題として持ちきりになった。「芥川賞受賞作家、議事堂に放火」等、彼のことを知っていれば吐き気さえ催しそうな見出しである。
 そんな中、僕もショックに陥っていた。
 確かに、兆候のようなものはあったと思う。しかし、誰があの程度のことで彼を疑ったりするだろうか?
 だが、自分にも少なからず責任があるような気がして、食べるものも喉を通らなくなってしまっていた。
 ――こんな絶望の淵、彼はどうしているだろうか?
 僕は考えた。彼が牢の中で何をしているかを。
 シナプスが繋がる。

 ――彼のことだ。きっと、新たな物語を考えているに違いない。
 そうなると僕も使命感に駆られた。僕の知る彼と僕の物語を書き、彼が何故これを起こしたのか、小説にしてまとめねばならない。
 ジャーナリズムでも宗教でも何でもない、ただ一人の作家として。
 僕はその日から猛然と、あの東京での日々のことを書き始めた。

 物語が終盤を迎えた頃、一通の手紙が送られてきた。
 差出人は飯田弘生。住所にはある刑務所の名前が記されている。僕は自室て手早く開封した。
 手紙は便箋一枚であった。

「永添明君へ

 慇懃な挨拶をしたいところだが、紙が少ないので手短に済まそう。
 今回の件を君はどう思っただろうか。
 昔、芥川賞をとった男が放火など、前代未聞であろう。
 しかし、私は権力への反抗というテーマを、小説とは違う方法で示しただけなのだ。権力の象徴といえる議事堂への攻撃は、今の底知れない不信感のある権力への反抗ということで、非常に意味があると思う。
 これが自己満足といわれても一向に構わない。何故なら作家の描くプロットを認めてくれるのは、三割に満たない人間だからだ。
君の返事を待っている 飯田弘生」
 いつかの彼の言葉で、手紙は締めくくられていた。
 僕は彼への返事に、「君のことを小説にして発表しようと思うが、良いか」と尋ねた。彼の答えはこうだった。
「構わない。私はやはり自分で小説を書くのではなく、君に書いてもらうために居たのだ。君の完成させる小説の要素として、私は居たのだ。私は君の文章に惚れ込んでいる。そんな君が私の主張を描いてくれると言うのなら、何の異論もない」

 程なくして、長野の地元新聞社に「作家の男」という題の小説が送られてくる。物語のタイムリー性に受けた編集部の一存で、夕刊に連載されることが決まった。その後小説は各方面で話題を呼び、文庫版が七十万部を超えるベストセラーとなった。皮肉にも僕は長野から人気作家になったのである。
 もちろん、成功を一番に喜んだのは飯田弘生本人であった。



 午前五時。
 長野の春は冷たい。しかし、これから萌えんとする生命の息吹がある。
 僕は自宅の車庫で、六年振りにその姿を見た。

 アルファロメオ・ジュリア。
 僕達の青春の、唯一の証人。

 シリンダーを回すと、その身体は呼吸を取り戻した。
 あの頃のままの心音を響かせる。
 ――彼には、綺麗な服でも買ってやらないとな。その後朝まで飲むんだから。

 目指すは東京の、なじみの喫茶店。
 僕がアクセルを踏むと、アルファロメオのDOHCが、東の空に向けて高らかに嘶いた。

(終)
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