本日2度目の、どうもですっ



仕事に生きると決めた192cmです✋



2度目の記事なんですけども

ふと、思ったことについてです



今の僕のこの勤める、児童養護施設


社会的養護という世界です


今後は社会的養育となっていきます


以前も書きましたが、児童養護施設に入ってくる子どもと言うのは、虐待、養育放棄、etc…の理由で家庭で暮らすことができない子ども達ばかりです




さて、本題に入ります


この、これらの理由で子どもを支援していく社会的養護の世界


この世界の、「ゴール」というものがあるとしたら何か?




子どもが実親の家庭に帰ること?



里親宅に委託し、家庭的養育をすること?



親が虐待を止めること?



逆に、施設で不自由ない幸せな生活を提供すること?




最後のゴールとは



社会的養護がなくなること



ではないかと



これだけ聞いたら、ちょっと語弊がありますが


要はですよ


虐待、養育放棄、その他諸々の問題が起きなければ?


被虐待児童が生まれなければ?





入所児童がいなくなりますよね





入所児童がいないと言うことは?



社会的養護がいらないんです




そこでなんですけど


果てしなく遠いこのゴール


そのゴールのためにすることって、子どもの養育なのでしょうか?


問題が起きる前に対処する


それが必要なのであれば、問題が起きた後の子どもの養育をしても根本的解決にはならないですよね


言い方をかなり悪くすれば、保護者の失敗の尻拭いをするわけですから


であれば、もっと仕事のベクトルも変えていかなきゃいけないのかなって



そんなことを思うわけです





何ができるもんですかね



でもできるものならなんでもしたいですよね



何かを取り込まないと、このまんまな訳ですから




果てしなく遠いゴールを見て、悩ましい192cmでした



それではっっ