<令和4年刑事系 採点実感より>

本問では、具体的事例について、甲に横領罪の成立を認めるための理論上の説明やその当否を問うとともに、乙の罪責やその理論構成を問うことにより、刑法総論・各論の基本的な知識と問題点 についての理解、事実関係を的確に分析・評価し、具体的事実に法規範を適用する能力、特定の立 場が依拠する考え方を分析してその当否を検討する能力、結論の妥当性やその導出過程の論理性、 論述力等を総合的に評価することを基本方針として採点に当たった。

いずれの設問の論述においても、各設問の内容に応じ、各事例の事実関係を法的に分析した上で、 事案の解決に必要な範囲で法解釈論を展開し、問題文に現れた事実を具体的に摘示しつつ法規範に 当てはめて適切な理論構成の下に妥当な結論を導くこと、その導出過程が論理性を保持しているこ とが求められる。ただし、論じるべき点が多岐にわたることから、事実認定上又は法律解釈上の重 要な事項については手厚く論じ、そうでない事項については簡潔な論述で済ませるなど、答案全体 のバランスを考えた構成を工夫することも必要である。

 

<私見>

*黄色マーカーが結構重要なポイントであり、司法試験や予備試験のような問題の場合、

時間が不足しがちなので、問題になるところ(つまり論点)だけ厚く三段論法。

他方で、要件認定すれば済むところは、あっさり簡易三段論法だったり、場合によっては要件だけ端的に認定すればOkということだと思われる。

 そして、この濃淡をつけるということも、採点対象になっていると思う。

→黄色マーカー部分で最後に「・・・・必要」と記載してあるのはそういう意味だと思う。

実際にも、争点形成力というか濃淡をつけてポイントをとらえた記載ができる能力というのは、法曹として必須の能力だと思うので、その力を試験で測るのも当然なのだろう。

 

 

              令和4年 刑法 参考答案

                 3656文字

 

設問1(1)

1甲は、Aに頼まれて本件バイクを保管している以上、これを「横領」すれば、横領罪(刑法252条1項)が成立するとの主張の当否

2横領罪の「占有」とは、委託を受けて他人の物を占有・保管することをいう。

 しかし、Aは窃盗(235条)であり、窃盗犯から委託を受けて本件バイクを保管する行為が「占有」に当たらないのであれば構成要件を満たさないため問題となる。

 この点、客観的には盗品等保管罪(256条1項)が成立するから委託信任関係の要保護性を否定し「占有」に当たらないとする見解がある。

 しかし、窃盗罪における窃盗犯の占有も保護することとの均衡から、横領罪においても窃盗犯人との委託信任関係は保護されるべきである。

 よって、Aが甲に本件バイクの保管を依頼することも委託信任関係として保護されるべきであり、甲の本件バイクの事実上の占有は、Aから委託を受けて「他人」であるBの所有する「物」を保管することにあたるから「占有」にあたる。

3以上より、上記主張は正当である。

設問1(2)

1甲が実家の物置内に本件バイクを移動させて隠した行為が「横領した」に当たるとする主張の当否

2甲は本件バイクを隠匿する意思しかないが「横領した」といえるのか、不法領得の意思の内容が問題となる。

 この点「横領した」とは不法領得の発現たる一切の行為をいい、他人の物の占有者が委託の任務に背いて、その物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思をいうとする見解がある。

 これによれば、本件バイクの隠匿行為は「横領した」に当たる。

 しかし、隠匿行為は物の本来の効用を喪失させる行為として器物損壊(252条)が成立するところ、法定刑は利欲犯である横領罪の方が重い。

 そこで、横領罪と毀棄罪を区別するため、経済的用法に従い利用処分する意思を加重すべきである。

 これによれば、隠匿する意思しかない甲は、経済的用法に従い利用処分する意思が無いので、「横領した」とはいえない。

3以上より、上記主張は不当である。

設問2

1乙が刃体の長さ18センチメートルの本件ナイフを取り出してAの背後から何の警告もせずにAの右上腕部を狙って突き刺した行為の傷害罪(204条)の成否

⑴乙は、「人」であるAの右上腕部という「身体」に上記有形力を行使したことによって(因果関係)、加療約3週間を要する右上腕部刺創の傷害という生理的機能障害を負わせたから「傷害」したといえ、故意(38条1項本文)もあるから、傷害罪の構成要件に当たる。

⑵しかし、乙は、甲がAから殴打されようとしているのを目撃して、これを助けようと上記行為に及んでおり、正当防衛(36条1項)が成立して違法性阻却されないか。

 この点、被侵害者である甲を基準にすると先行する行為全般の事情に照らし「急迫」性が欠ける可能性がある。そこで、被侵害者と防衛行為者のいずれを基準に判断するべきかが問題となる。

 正当防衛を定めた刑法36条は、急迫不正の侵害という緊急状況下において公的機関による法的保護を求めることが期待できないときに侵害排除のための私人による対抗行為を例外的に許容したものである。

 これは、被侵害者の侵害回避のための規定であるから、被侵害者を基準に判断すべきである。

 そして、対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らし刑法36条の上記趣旨に反する場合には「急迫」性要件を欠き、正当防衛は成立しない。

⑶甲を基準に判断すると、4日前に甲がAのバイクを故意に隠匿したことから、憤慨して甲に電話をかけてきたAに対して笑いながら「ざまあみろ」等と煽り立てる言動をした。そして、これによりAを激怒させ甲を殴る蹴るなどの制裁を加えようと決意させた上、C公園に呼び出すことを決意させた。

 また、甲は、Aと高校時代に同じ不良グループに所属しており、Aが短気で粗暴な性格のため、過去にも怒りに任せて他人に暴力を振るったことがあったことを知っていたから、Aの前に姿をあらわせば、Aから殴る蹴るなどの暴力を振るわれる可能性が高いことを高度に予期できた。

 それにもかかわらず、Aからの呼び出しに応じずに自宅に留まって警察へ通報するなどの安全かつ侵害回避が容易な方法によるのではなく、あえて、「行ってやる」と自ら進んでC公園に出向いた。

 しかもその際、自宅にあった本件包丁という殺傷性の高い凶器をズボンのベルトに差して即座に反撃に使用できるように準備してC公園に出向くとともに、Aより先に到着してAが来るのを待ち構えていた。

 そして、Aが甲を見るなり怒声をあげたことに対し「できるものならやってみろこのやろう。」などと更に煽り立てた上、その場から逃走せずあえて留まった。

 そのため、甲の態度に激怒したAが甲に接近し、甲が予期していた通りの態様といえる右手拳の顔面殴打行為をしようとしてきたのに、その場に留まり続けて、本件包丁を取り出してAに突き出して攻撃しようとする積極的な応戦態度を示した。

 以上のような対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らすと、刑法36条の趣旨に反し「急迫」性を欠く。

 よって、正当防衛は成立しない。

⑷しかし、乙は、偶然C公園を訪れ事実5の通りAが甲を殴打しようとするのを目撃した上、乙は事実1から4の事情を知らなかった。そのため、上記のとおり「急迫」性が欠けるとして正当防衛が成立しないことを認識できず、違法性阻却事由が無いのにあると誤信しており、責任故意が阻却されるのではないかが問題となる。

 以後、乙の主観的に見て正当防衛が成立するのであれば責任故意が阻却されるが、錯誤したことに過失があれば過失傷害罪が成立(209条1項)する。

⑸まず、「急迫」とは侵害が現に存在し、または、間近に押し迫っていることをいう。本件のAは、甲に対して殴打しようとしているから、侵害が間近に押し迫っているといえ、「急迫」といえる。

 また、この行為は、甲の身体という「権利」に向けられた不法な有形力行使であり「不正」の「侵害」といえる。

 「防衛するため」という文言から防衛の意思が必要であり、その内容は、急迫不正の侵害を認識しつつこれを避けようとする単純な心理状態をいう。

 本件では乙は、甲を助けようと思って行為に出たから、Aの上記急迫不正の侵害を認識しつつこれを避けようとする単純な心理状態にあったから「防衛するため」といえる。

 「やむを得ずにした行為」とは防衛行為の相当性をいう。

 本件の甲・乙・Aはいずれも20歳代の男性であり、各人の体格差は大差ない。

 また、乙は、甲が手に本件ナイフを所持している事実を認識していないにせよ、自ら刃体18センチメートルの長さの本件ナイフという殺傷性の強い武器を持っており武器対等ではない。

 その上で、乙は、Aの背後に回って羽交い締めにしたり、本件ナイフを構えて警告するなどのより攻撃性の低い態様によることをせず、あえて何らの警告もせずに上記行為に及び、Aに対して全治約3週間の負傷をさせた。

 以上より、防衛行為の相当性に欠ける。

⑹よって、傷害罪が成立するが、乙の行為は、誤想過剰防衛に当たるとして36条2項準用により刑の任意的減免ができないかが問題となる。

 まず、誤想過剰防衛は、興奮狼狽により過剰な反撃行為に出ることへの非難減少という過剰防衛における責任減少の根拠が妥当するから準用できる。

 もっとも、誤想防衛では過失傷害が成立することとの均衡から、刑の任意的減刑に留まる。

2乙がDに無断で本件原付を発進させた行為の窃盗既遂罪(235条)の成否

⑴Dは、本件原付のエンジンをつけっぱなしで道路上に置いたまま一時的にその場を離れたに過ぎずDの占有する財物なので「他人の財物」に当たる。

 また、乙による本件原付の使用はDに無断であり、本件バイクをDの意思に反して自己の占有に移転させたといえ「窃取」したといえる。

 次に乙は、乗り捨てる意思のもとに乗り去ったから、権利者排除意思が認められ、交通手段に供しているから経済的用法に従い利用処分する意思も認められる。

 以上より、不法領得の意思が認められる。また故意もある。

⑵では、乙はAからの追跡を免れるために上記行為に出ており、緊急避難が成立しないか検討する。

 まず、乙の「身体」に対してAは攻撃しようとしており、危難が間近に押し迫っており「現在の危難」が認められる。

 また、本件原付を使って逃走するのが唯一の手段だったので補充性を満たし「やむを得ずにした行為」といえる。

「これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかったとき」として、乙の身体の方がDの財物より高次の利益だから、これも満たす。

 よって緊急避難が成立しうるが、乙は自過失によりAの侵害を招いたとして、緊急避難が否定されないかが問題となる。

 この点、正当防衛における自招侵害と同様の状況にあれば、被侵害者の要保護性の欠如というのは緊急避難における自招危難にも妥当する。

 そこで、①危難が自招行為によって触発された、その直後における近接した場所での一連一体の事態であるか否かを問い②危難がその招致行為の程度を大きく超えないならば緊急避難は否定される。

 本件では、危難は、乙による自招行為によって触発されており、しかも、乙による行為から2分以内の出来事でありその場から継続追跡されているから、その直後における近接した場所での一連一体の事態といえる。

 また、危難は、Aからの殴る蹴るといったことが想定されるが、他方、乙の招致行為の程度は、上記の通り本件ナイフを使用し右上腕部に全治約3週間の刺創を負わせたものであり、後者が前者を大きく超えているから、緊急避難は否定される。

⑶よって、窃盗既遂罪が成立する。

                                                    以上