派遣切り報道 | 藤原雄一郎の時事通信

派遣切り報道

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派遣切り報道


連日テレビでは「派遣切り」問題について「これでもか」というほど頻繁に「いかにも正義感ぶった報道」が流されています。この問題は典型的な「弱者へのしわ寄せ」であって心が痛みます。でも「テレビ局にそれを言う資格はあるのか」と反論したいのです。


テレビ局の社員は「のうのう」と高給をはみ、下請け、孫請けに厳しい要求を出して、まさに「弱者にしわ寄せ」している典型的な業界です。自分のことは棚にあげて、正義感ぶるのは聞くに堪えません。


また日本経済の失われた10年の報道はどうだったでしょうか。人員削減をしない企業に「放漫経営」など非難のつぶてを放ったことをもう忘れているのでしょうか。一体何が言いたいか?それは「企業にも生きる権利がある」からです。「派遣切り」をしなければ、あるいは、報道に恐れをなして躊躇した結果採算が急激に悪化してもっと大きな人員整理に追い込まれることだってあります。


報道とは「視聴者が興味を持つピンポイントばかりを大きく取り上げて、全体像を見失わせて良いものか」との問題提起です。「派遣切り」を取り上げるなら「日本経済全体として、この景気後退にどのように対処すべきか」の大きな絵を示して後に「派遣切り」の現状を報道すべきです。


「そのようなことはテレビ局の仕事ではない。現実を報道して、解決するのは企業であり政府である」というのでしょうか。それなら全体のバランスを考えて「派遣切り」を含む全ての現象を平等に報道すべきではないのでしょうか。すなわち「企業の業績の悪化の程度、そのまま放置すれば将来どのようになるか、そして総合判断をした結果、派遣切りはやりすぎなのか、妥当なのか」の検証も同時に報道すべきです。でもそのような検証をしていたのでは経費もかかり視聴率も上がりません。だから検証しないのです。


視聴率至上主義の報道姿勢は「真実の報道」を大きくゆがめています。昨今の政治に対する報道も「麻生総理のバー通い」など全く重要でないことを取り上げて、必死になってイメージダウンを演出し、見事に成功しています。これは「報道の自殺行為」ではないのでしょうか。


長くなりますのでこの辺で終わりますが、「派遣切り」問題は実に深刻で、もっともっと深く私たち国民が考えるべき問題と認識しています。このまま「派遣切り問題」を放置すれば日本国が立ちゆかなくなる不安がありますが、企業にだけ責任があるわけではありません。