またひとつ光を失った気分である。

何が良いとか悪いとか、そんな話ではないのに理解し合えずに終わってしまった。

結構大きく期待やら信用もしていたので、なにやらでっかい照明のスイッチを切られたような感覚である。

我々は例えば会社とか地域とかといういろんな大きなコミュニケーションエリアに存在している。

もちろんイヤならばそこからはみ出したり出奔したりする自由はあるのではあるが、そこにいる間はそこのコミュニケーションルールに従い、かつ関係性を尊重しつつ存在している。

ある日突然、いなくなる者がいる。

亡くなってしまった方は仕方もない、ご冥福を祈るばかりであとのことは任されるしかない。

また、まぁ確かにそんな雰囲気を醸しながら居づらくなってきた輩はそれなりに察したり解ったりするのでそれなりの心持ち対応もしようがある。


前ぶれなしで 
ぷつ とやめていなくなる。

「新天地を求めて」とか「新たな自分探し」とか前向きな言葉だけが残されていたりする。


あぁ、いままでの色んな関係性って何だったんだろうね。

社会人としての責務なんて大げさなことは言わないけど、それなりの意思疎通ってあったよね。

他の人も含めて全部「ぶちぎり」っつうのは、まぁ一種の夜逃げみたいなモノでしょうか?

何があんたをそこまで追い詰めたのか、それとも元々が無責任だったのか・・・。



そんな悲しい春の出来事でありましたとさ。
大概のことには慣れている。
色々と他人から受けた様々な仕打ちや経験がある。
大抵のことには精神的な耐性はある。
それくらいの人生は過ごしてきたのさ。

そして自分の中にひとつのルールを作っている。
「コミュニケーションの三振」と呼んでいる。

人間関係の中で、どのような状況下であろうとも守らなければならないと思っていることがいくつかある。
そのうちのひとつで一番大事なことが「相手がどう思っているだろうか」を斟酌して今の行動(言動)を起こすべしということである。

「ひととして」コミュニケーションをする上においてそこをすっ飛ばして約束を反故にしたり、抗弁や追求の出来ない人情的に弱い部分を言い訳にして誤魔化すなんてのは、本来卑怯きわまりない諸行であると思う。

そりゃ色んな事情があるだろう。
それに対する理解を質にして反故にするのはもうすでに甘えを通り越した詐欺みたいじゃないか?
でも
まだ悪いと思っているのなら、それなりの言い訳と次の展開についての提案なり希望なりがあって然るべしだろう。

いい大人だったら当然認識すべき良識ってもんだろ?

とりあえずの「ごめんなさい」は最低のパフォーマンスにしかならない。

まぁ最初から騙すつもりだったのなら全部理解は出来るけどね。

一番目は何かの理由があると信じている。信じたいのさ。
二回目も疑いながらも目をつぶる。まだ信じていたいのさ。
しかし
三度目は無い。アウトだ。
そこに至った段階ですでに「俺はアホでいいように扱われていた」と断定する。
遅いか?
そう、遅いくらいでもそうしたかったんだよ、で、限界が来たんだと言うことが「三振」でアウトと言うことにしている。
というか今後もそういうふうに続けるつもりなんだろう、イヤならコンタクトとらなきゃいいって言われているんだと解釈し、御免被ることとする。


もう助けないし、笑顔もむけられないだろう。
ほいほい。
では上手く生きてけよな・・としか言えない。
あ~、テステス・・、久々の更新であります。

またぞろ写真なんぞに活動興味が復活してきております。

普段からカメラ(コンデジ)を持ち歩いて街中スナップに興じておりましたが、いささかコンデジの物理的限界みたいなものを感じ、そろそろデジタル一眼かなぁと物欲の穂先がのほほんと湧き上がってきたところであります。

花鳥風月、街行き、お気に入りの風景、etc.・・。

新しいデジ一眼カメラ買って撮る前に、本格的に取り組んでいらっしゃる方々(プロアマ問わず)の作品を観てみようとこの9月に入ってから毎週のようにあちこちのギャラリー巡りをいたしておりまして、なんとこの一月で22件巡っております。(数ぢゃないだろってか・・ほいそらそうだ。)


ギャラリー巡りで拝見した作品はいずれもそれはそれで面白くて、色々な感性に触れて大いに刺激になりました。
で、伺ったギャラリーでは常にあちこちでこれから始まる催しの案内状が手に入り、限られた時間の中で次はどこへ行こうか選択するための、ある意味情報収集に大変役立つ機会だったのね。



---相変わらず前置き長いね。---


『第壱回兎葉初写真展 西』 




なんか・・ぶっとばされた。
最初の印象はそんな感じだった。

あくまでも個人的感想でありますが、些か演出に懲りすぎの感は否めないものの、ポートレイトとしての完成度に息が止まった。

このカメラマンがこの被写体のモデルの何もかも理解し、モデルの存在の全てを引き出しているような力強さを感じたのだ。
そもそもこの時点で「兎葉」が誰なのかも理解できていないのだが、多分ならばモデルが「兎葉」というこの女の子と言うくらいのものである。






当初それこそ何気に立ち寄ったギャラリー。
とても気に入った一作があったので、もう一度観たいと思って翌日の昼休みにその作品だけを観る目的で伺った。

前日気にしていなかったが、「紅茶を勧めてくれる受付してたちっちゃいお嬢さん」が「兎葉」だった。
あらら。こりゃ失礼っ。

で、気になっていたカメラマンについて「プロの方ですよね」と問うてみると、ほとんどセルフポートレイトだという。
「げげっ!なんだと?この娘が・・?」というのがその時の正直な感想である。

しかしそれでおおむね理解できたような気がした。
そっか~~、それでか~。
だから作品の世界観が全て「兎葉」だったんだ。

疑問解消のすっきり感と彼女の感性に対するリスペクトが静かに自分の中に沈殿していった昼下がりでありました。

ネームカード頂きまして、photographer&singer という肩書きを拝見しました。
シンガーのほうはとりあえず触れません。・・知らんからね。

これから東方面で公開されると言ってたよ。
詳細は聞いていないけど、ここできっと紹介されると思われます。
http://usaba0x0u.blog.fc2.com/

勿論、好き嫌いはあるだろうけど、それは観てから判断しないか?


ところで、写真集「沫」の22頁上の作品が現場で気になったイチオシの画ですが、トリミングされてて小さくて残念・・。購入しときゃよかった。






---追記 2015/04/07-----

東京での写真展についての情報があった。なんとか東京出張作らなきゃっ♪

《兎葉初写真展-東-》2015 5/7-13
原宿デザインフェスタギャラリー
WEST 1-D 最終日17時迄

写真集も三作目できたらしい。




一瞬だった。


5メートルの巻き尺を伸ばせるだけ伸ばして、しゅるしゅると気持ちよく自動回収したその終末。
手元で先端の金具がパチンとケースとの間に指を挟んでくれた。

血豆なんて作ってしまったのもう何十年ぶりだろ・・・。
右手の人差し指の腹にくっきりと浮かび上がっておりました。

痛いんだよ、そりゃね、もうね、足の小指をどっかの角にぶつけたと同じくらいで、声にならない叫びをあげたものさね。



さぁ、いつまでこの印を残してくれるものかな・・なんて、ちょいと愛おしくも感じたりしておりまする。
平日より1時間も早く目を覚まし、陽が高くならないうちからサンダル履きで近所のコンビニまでぶらぶらする。
遠足の日の小学生のようにうきうきしている。
別段GW中に何をするとか何処かへ行くとか決まった予定があるわけではない。
ただひたすらにゆっくり出来るのが嬉しいのである。
何も考えずに時を過ごせることが楽しいのである。

コンビニでサンドイッチとコーヒー牛乳を求めて近所の公園でぱくつく。
雀やら鳩やら鴉やらに群がられ、改めて街中に住んでいることを実感する。

たまりまくっている年休を3日とって11連休。


・・・・休みだ~♪

いんやぁ~春ですなぁ・・。

春や春・・春、南海のロォマンス・・てか・・。

春と言えばお花見とかですが・・。

突然ですが春はテレビも再編時期であります。
なにやら特番ばかりで夜はおもしろくない日々であります。
また春は今までの番組が終了する時期でもあります。
32年間長寿番組のフジテレビお昼のバラエティー「笑っていいとも!」もそうですね。
視聴率えげつないNHK朝ドラ「ごちそうさん」もそうですね。(毎日録画してみてます♪これも明日で終わりだぁ・・泣)

でも私的には今期の終わって残念な番組として記録しておきたいのは昼ドラ「花嫁のれん」(第3シリーズ)であります。
本日最終回でありました。

番組の詳細はHP( http://tokai-tv.com/hanayome/ )でご覧頂さい。




あ、勿論平日なんで録画しておいて見るのは毎日寝る前であります。
今年の一月に入院した際、読書とDVDとテレビしかないというか三昧というかというような日々にたまたま見始めてしまったのでありますが、これがこれでなかなか深くてはまってしまい、退院後も録画して毎日観ておりました。

内容は嫁姑確執やら伝統の云々とか何とも言えないあざとい演出でいかにも昼ドラなんでありますが、TVドラマとしてはもうなんでやねんっつうくらいの中央に実力派をそろえた贅沢なキャスティングでありました。
また石川県金沢の地元文化や歴史、観光名所が折ある毎に紹介されていてそのあたりも見所でしたね。

大女将の野際陽子、女将修行中の羽多美智子、なんと山本圭や津田寛二までがでそれなりの昼ドラらしいクサさのいい味出してます。
烏丸せつ子なんか往年のアイドルだったんですけど、良い脇役として存在感ありますね。

はい、大団円的な終わり方でよろしゅうございました。(第4シリーズはないのかぁああぁぁ・・)



※神楽一族から嫁に出た瑠璃子役の里久鳴祐果は今後期待する女優であります。
とりあえず過去の出演作品いくつかDVDで観ましたが・・デビューの頃の「大魔神カノン」はそこそこでしたが、それ以外はねもうね、ダメダメでした・・。それだけに「花嫁のれん」ではいい役出来たんではないかなと思いますね。


http://ameblo.jp/rikunayuka/


※本日の最終回で金沢老舗旅館「かぐらや」の女将就任披露が行われている最中に ♪ピンポ~ン「ニュース速報:猪瀬前東京都知事公職選挙法違反容疑で略式起訴」ってテロップ・・・。
・・・・・・盛り上がってたのに・・がっかりやわいね・・。


P.M. 6:35 AUTUMN/白季千加子

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冷え切ったひとりの部屋に帰って灯りをつけた時の空気感

今はあまり体験できなくなった夜行列車 
座席の暖房はもったりと重たい熱

何も出来ないと諦めている自分に
「逃げるか?闘うか?」を迫る心の声

ポケットの中で湿ってくしゃくしゃに潰れたマッチ箱の所在なさ

苦いも臭いも解らない煙草の煙とぼんやりとした灯り

白熱灯から蛍光灯に換えた部屋の明るさに驚いて笑う

いろいろな出来事は澱のように沈殿してゆき

全てを失ってもそれが満たされることだと知らされる



「ありがとう・・・。」

凍える夜空の下で独りくちずさむ


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若い時分に転勤先にて貸レコードで借りたアルバムである。
カセットテープに録ってはいたが、それも今はどこかへ行ってしまってもう二度とちゃんと聞ける機会なんぞないと思っていた。

日本の音楽シーンがめまぐるしく変化をしていた時代の中、埋没してしまった天性のボーカルを聞けっつう思いです。

もうね80年頃独特のアレンジがたまりませんわ。



でだ
白季千加子さんは出身の地元に戻られてライブ活動を続けていらっしゃると聞いている。



ながいぞ。

今回のネタのはじめがどこらあたりだったのかは今となっては思い出せない。



【ひとつめ】

少なくともあきらかに自覚できたのは去年の4月頃である。
短期単身赴任先の東京にて、なんだかドキドキが止まらなくて寝付けない夜があった。
その数日後、地下鉄の階段を上がっている途中で脂汗が出て一瞬気が遠くなった。
生まれてこのかた何十年にもなるが、かつて感じたことのない奇妙な感覚に戸惑いつつ、しばらくその場に立ち止まって状況をやり過ごした。
血圧もコントロールされていた状況だったので、ストレスや疲れが原因の一時的な症状だと思っていたのである。




【ふたつめ】

次に兆候があらわれたのが10月の始め。
出張先・名古屋市内の大通りを次の約束先まで歩いていた途中である。
異常気象と言われた昨年秋のことでこの日も気温30度を超えており、汗だくで歩いていた。
一瞬息苦しさと眩暈を感じた瞬間、仰向けにすっころがっていた。
四月の時と同じような脂汗が出てきていたが暑さのせいの汗とも思えていた。

一瞬、脳梗塞を疑った。
会社の知人が脳梗塞を患って倒れたときの状況を聞いていたからであるが、意識があったことと両手の指がちゃんと動いたこと、日付や自分の名前を言えたことなどから、とりあえず脳ではないと一安心もした。

「大丈夫ですか?救急車呼びますか?」目の前の銀行から警備員が飛び出してきて声をかけられた。
「いや、大丈夫です」
「中は冷房が効いてますので休んで行かれてはいかがですか?」
「ありがとう、この木陰で休んでいれば大丈夫です」
※ちなみに、この親切な警備員がいらっしゃる銀行は「三井住友銀行名古屋支店」である。
暫く休んだ後、少々フワフワ感を感じながらではあるが仕事に復帰できた。

が、ちょいと危機感を感じたのは事実であった。
近所のかかりつけ医者にいき顛末を話たところ、「暑かったら熱中症やったかもな、水分とりや~」って・・きわめてかる~い対応であった。
併せて若干の不整脈もある事も判明し、整脈の薬を処方される。



【みっつめ】

11月初旬。急に寒くなった日曜の夕方。
買い物先の洋品店で三度目の「あの感覚」が襲ってきた。
当然立っていられることは叶わぬが座り込むこともできず、倒れるしかない状況で周りのディスプライにしがみついて跪いた。(でも意識はあったのね)
ウソのような脂汗がぼたぼた流れていた。

明けた月曜に近所のかかりつけ医に状況を話したところ、改めて心電図をとられた上で宣言(診断)を受けた。
いつも割とのんびりした内科の開業医(専門は消化器)だが、ちょいと慌てた様子でこう宣った。
『心房細動』と思われます。今も不整脈状態です。紹介しますんでこの状態で専門医の診断を受けてください。」
といって紹介状となんか書類(多分カルテだろうな)と地図をくれて「すぐいけ、ほれいけ」てな調子で追われるように歩いて10分くらいの医院に向かった。




【それから決まるまで】

紹介された循環器を専門とする開業医のせんせは北野誠そっくりで、いちいち細かいとこまで説明してくれる頼りがいありそなせんせであった。
改めて診察を受け、「ひゃ~、まさに心房細動で不整脈の真っ直中ですね。」との診断で、有無を言わせず24時間携帯心電図を装着されられて「明日の夕方来てね、で今後の治療の方向やけどね」といい以下の説明が行われた。

①今までの何度かクラッときたのは心房細動という心臓のメカニズムの狂いにより短時間心臓が止まっていた可能性有り、そのせいで脳に血流が行かず運動能力が停止したと推定する。
②心房細動による一番のリスクは心房内で出来るでかい血栓が脳に飛んで詰まる危険性。
運良くて高度の障害が残り、かなり高い割合で5分以内に死亡する。よって血の固まらない薬を服用すべし。「オブチケイゾウ、ナガシマシゲオ、オオシマナギサ」の名前がでる。
③直接死に至る病気ではないが放置は危険である、心房細動を止めることが出来れば通常の生活が可能となる。
④治療の選択肢は3つ。
ひとつめ)薬で抑えまくる。
ふたつめ)手術でカテーテルアブレーションを施し、心臓の内部を焼いて心臓鼓動のリズムを阻害する信号を遮断する。
みっつめ)いっそペースメーカーを埋め込んでなんかあっても電池が切れるまで万事おけ~~。

翌日取り付けていた心電図を外して結果連絡を待つ。

その翌日、北野誠より携帯に連絡が入る。
「やっぱり不整脈で何度か心臓止まってますね。今回の記録では最長6.5秒止まってます。きっと4月、10月のときはもっと長く止まっていたのかも知れません。オペ(手術)可能な病院紹介しますが・・・。あのね、この状況が解った限りはいつ身体コントロール不能になるかわからんので絶対に車運転せんとってね・・」
その時、運転中であった。

翌日朝一番、開業時間前に誠ちゃん医院に行ったところ、昨日電話で簡単に説明のあった「心臓止まってた」状況と内容について説明を受け、なにやらおっきな封筒を渡され、「この先生は僕の先輩で技術も能力も含めて人間95%信用おっけや」とのたまわった。
「あとの5%って・・・?」
北野誠は苦笑いしてちょいと小指をたてた。
ま、その程度なら信用出来るわいさ。
そう思いはじめた時、すでに誠っちゃんは電話で「よろしくコール」をはじめていた。



【決定】

紹介された大病院は本音で言うとあまり信用していなかった所であった。
不信の理由は10年以上前の根拠のない風評ではある。しかし心持ちは穏やかではなかったというのが事実である。
医療の不信つうのは医者の実力だけでなく受付から看護師、事務方に至るまで、何かどこかが滞ると「やっぱりダメな病院や~」となる。
まぁ連絡の不備とかもあって「をいをい~~」と思いながら、それでも紹介された医者にまたしてもひと通りの検査の後お目通りをした。

ほほ~、絵に描いたような男前せんせであった・・・ちょいと不安になった・・って根拠無いけど・・
北野誠先生と同じ説明を受けたときに言われたことに加え、細かく今までどうだった(上記の内容)について細かくヒアリングされ、質問応答しているうちに「ほほ」「ほほ」「なる~]という説明上手にほだされ、「処置方法そのいち・に・さん、どれにします?来週までにお返事を・・」てなことになった。

すでに決めていた。
ずっと薬で抑えるのは限界はある。
ペースメーカー入れれば今は楽でも電池の入れ替えはまた来るらしい。てか体の中にこれ以上の異物はいれたくなし。
で、アブレーションとやらのもので心臓の中を電熱で焼くという「そのに」を選択することとした。
全身麻酔でなく、意識ある状況で心臓内部を焼かれるってどんなんやろなぁ・・・。
 
クリスマスの日に入院期間約一週間が決定。まぁ素敵なプレゼントですこと♪

医者に言わせれば、どんな手術にもリスクがあるけど、まぁアッペ(盲腸)とこれならおんなじようなもの。
・・・・・らしい・・・ほんまか・・・?。

まぁとりあえずそれを信じていってきますと言う話。

と、いうことで、週明けに入院したのちに時間があったら書くかも知れない「入院記Ⅱ」ご期待。てか、予定は一週間くらいだけどね・・。
生きてりゃね・・。てかまだ逝っちゃうつもりないし・・・。


ではでは長くなりました。
ごきげんよう。



昨年夏に機種変更したばかりのスマホを11月にクラッシュしてしまったことはすでにブログにあげている。
保険のおかげで本体は復旧したものの、ちょいと手間を惜しんだが災いして電話帳をはじめ様々なデータが消失してしまったこともお知らせしたとおり。
その後、ある程度の復旧と連絡が取れなかった方々とも連絡がついて約7割位の元通り感にまで至った状況であります。
まずはめでたし。

しかし、そこそこの復旧までにこないに時間がかかるとは・・・。
そもそもクラッシュした事実だけしか公表せず、詳細な経緯についてはなにも口外していなかったせいか、様々な憶測を呼んだようである。
で、それがなかなか連絡をいただけなかった要因でもあったということが最近やっと判明した。
何だったか・・ふふん・・それは秘密であ~る。
てか、

少なくとも前のスマホは車に乗ろうとしたときにコートのポケットに入れたまま閉めるドアに挟んで壊してしまったというのが真相で、そのほかには色々とお伺いしたようなめんどくさい事情なんかナイのだよ。ほい。

やっとこさ連絡がついた友達に何度同じような言い訳とも言えぬ説明をしたことか・・。
あと約三割の皆さん、さらばじゃっ。