平和憲法を携えた日本でさえ、

結局はずっと「平和だった事なんてなかった」という事なのでしょうね…悲しいかな。

この世は「争いの歴史そのもの」。

 

こちらの方のまとめが分かり易かったので、引用してみました。

宜しければ、「ご参考に」なさって下さい。

かなり内部の細かい内容に驚く方もいらっしゃるでしょう。

おそらくは今は「もっと複雑」なのでしょうけれどもね…。

(〇銀、厚〇省、財〇省…様々な集団が何の意向を受け易いのか、

背後のベースの思想が何なのかの理解にも繋がるかもしれませんね…。)

 

宗〇、思想、集団、人種、国家、政治、金融、利権、教育、メディア、エンターテイメント…

各々の掌握も含め、ありとあらゆる対立と批判、

結局のところ「ずっと争い続けてきた」という事なのでしょう。

ず~っと未だに。

 

この「対立構造」の中に私達も必然的に巻き込まれ、

知らず知らずの内、時には意識し、「二元論」の中に投げ込まれ、生きてきたという事でしょうね。

 

そして、

無限な物や事でさえ、有限と教えられ、

物質も権力もポジション、才能も含め、それらを奪い合わせ、

上下や優劣、価値観を幼少より意識させ、競争意識を煽り、

影響力のある人間を「派閥」に組込んだり、コントロールしてきた、いるという縮図でしょう。

それが今も尚続いているという訳ですね。

 

しかしながら、ここから見えてくる事もあります。

「今迄誰も、すべてを掌握出来た「支配者」と言える人間はいなかったし、いない」

という事。

「いないから、ずっと争い続けている」

という事でしょう。

時には、結託した時もあるようですが、最終的には決裂している様ですしね。

(今回の一連の流れもそうかもしれませんね…。)

 

しかし、やはり日本は複雑…。

様々な背景、事柄が混在している様子ですからね。

特権階級、政治の中枢、財界にまで「各々の派閥が異なる集団や権力を掌握している」という事が分かりますね。

(とは言え、公や大企業の人すべて、はたまたお金持ちの人達がすべてがそうとも言えないという事。

確率的には高いかもしれませんが、すべてとも言えないでしょう。

「一括りとは全く言えない」。

勿論、数字やお金を稼ぐ事自体に罪はありませんからね。

システムや背景が非常に問題な訳で。)

 

つまりは、

「国家や政府と言えど、ひと塊ではなく、常に争われている」

という事。

(日本で言う、様々なシステムや三権分立や法の意味とは何なんでしょうね? 笑。)

 

もっと言うと、おそらくは

「国家や政府 vs 一般人」

といった側面を煽る事すら算段に入れているでしょうね。

そこまでして「対立」、「戦争」へと繋げ、

「各々の正義を掲げ、それを絶対的なものにしたい」

という事なのでしょう。

(ある種、徹底的に批判したいとも言えるか。)

 

また、今回で言えばワ〇〇ン、製薬推進と反対派、

(まあ、言うなれば科学崇拝的思想派とスピリチュアルや自然崇拝派とも言えるでしょうか。

もしかすると、縄文やワンネスを過剰に伝えている人達は…かもしれませんね。

メディアを見れば分かる様に「ブームは作られる」にも納得です。

ただし、「部分的に真実であり、そうでないものも混ざっている」と捉える事が重要な気がします。

「ヒント」にはなるはずです。)

ウィルスの有無、

マスク、

改憲

様々なデモを煽る

これらを「(SNS)上で過剰に煽る人達というのは「紐付き」」とも見えてきます。

 

不安と恐怖、分断と軋轢を煽り、「争いを創造させる誘導員」という事でしょう。

 

また、嘘と本当を巧みに混ぜ込み、集団意識や派閥意識を芽生えさせ、「帰属意識を芽生えさせる」。

帰属意識の安堵感により、自分で決める事すらも忘れさせ、流される事も促し、

「これこそが正義」というコントロール迄持っていきたいのでしょう。

時には最終的には「右手と左手の自作自演」の場合もある訳で、巧みです。

 

「この世は人で成り立っている」

「まさに」と言えませんか?

 

今回の考察も凄かったですね…。

 

私の頭や感覚では、余程審美眼を磨かないと色々と見抜けませんね。

スケールも違います…。

 

しかし、一番は「中庸の視点で物事を見る」という解釈。

なかなか、ここまで科学的でもあり、非物質的でもあり、論理、感覚…

様々なバランスをとって物事をマサヤンさんの様に考察できる人はいないのではないかと毎回思います。

 

そして、色々と反省もさせられました。

私もまだまだ色々と俯瞰しきれていませんね。

 

結局のところ、ある程度の帰属意識を捨て去り、

「自分で調べ、自分で自分なりの答えを導く」。

そこの様な気がします。

 

マサヤンさんが語っている様に「二元論があるから、中庸を見据えられる」。

様々な情報があるから、自分で「判断基準が出来、答えを導きだせる」という事。

 

もう既に

「~が言っていたから」

「多数派がこっちだから」

「決まりだから」

(何でも好んで破れという意味ではありません 笑。)

 

そういった事を続けていると、いつの間にか自分のハンドルを取られ

「自分の意図していない場所」

に行ってしまうかもしれませんからね。

(事実として、大半の人達の「今」がそうでしょう?)

そこは気をつけた方が…。

 

各々が帰属意識から少し距離を置き、考察したり、柔軟性を大切にする事が重要になりそうですね。

 

正直、私は時には、ありがたい事に助けて下さる方もいて、転んでも起き上がり、自分で決めて、切り開いてきたので、

今迄と何ら変わりはないのですが、それが個人レベルでこの世全体として問われているのではないでしょうか。

「争いの世の中」から、自分も世の中も変わる良いタイミングなのではないかと私は感じています。

 

と言っても、「今迄の世の中のシステムで満足」という人達もいるとも思うので、人それぞれ。

私としては自分や息子の事を考えても、もう少し生き易い世の中が良いと感じる瞬間の方が多いので…。

自分が見たい世界を見れる様に…ですね。

 

あくまでも私の観点からのお話です。

 

また、こちらを聴いて少し楽にもなりました。

まあ、なかなか衝撃的な発言ともとれる部分もありますが 笑、

「「上下」や「優劣」を作り出す要因の一つ」

と捉えると理解は出来ますよね。

 

マサヤンさんの今後の考察も楽しみですな~。

(本人も言っていますが、「断言もあまりしないし、本当にそうなのかは分りませんので、考察の参考に」と。)

というか、とても学びに繋がるのです。

 

哲学然り、精神世界然り、興味をずっと持っていますし、

「何故生まれてきたのか、生きているのか」

が自分の根底にありますから。

特にね。

 

ではでは。