最強の「負ける力」
僕はジャンケンのできない子供であった。鮮明に覚えている記憶がある。小学生になる前だから、四、五歳であろうか。僕は母と祖母に遊びでジャンケンをしようと言われ、癇癪を起こした。「やらない」と言って床に転がった。「どうして?」という母に対して、「負けるのが嫌だからだ」と叫んだ。保育園の運動会は毎年同じ時期に行われたはずだ。親たちが来る本番と、その前のリハーサル。「位置についてヨーイ、、ドン」僕はいつも、その音を確認してから飛び出していた。それが自分のなかの正々堂々だった。そして毎回、僕の一歩前を走るヒサシ君がいた(名前は変えています)。何時も二位だった。そしてその感情が嫌いだった。そして、その強烈な感情を大人になるまで忘れることはなかった。そんな幼少の頃、正義のヒーローが好きだった。テレビに映る戦隊モノを何時も話題にしてた。小学生の三年生だったはずだ。強くなる武道をやらないか、という父の誘いに喜び勇み、少林寺拳法を始めた。突きや蹴りや投げがあった。型や演舞を中心に練習していた。結局、少林寺拳法は、高学年で転校したあとも違う道場があり続け、中学までやっていた。はじめて乱取りの試合があった。防具を付けて胴を守り、顔面への打突はなしでの攻防だった。強烈に覚えているのは、体の大きな相手に、腹を蹴られ吹っ飛び負けたことだ。そのときの他の試合は覚えていない。当時、家族や兄弟の前では強気で威張る。そして学校や外の世界では、ナヨナヨしたり可愛げを出していたような自分を演じていた記憶がある。全てに勝てないとわかっている世界で、強気に出ることはしない防衛だったのではなかろうか。もちろん、その頃には、勉学やスポーツなど、沢山負ける機会も在ったはずだ。身体のコンプレックスも大きかった。高校では、勉強もスポーツもそしてコミュニケーションも大したできない自分がいた。一年海外に留学してから帰国し、学校の外にフルコンタクト空手の道場に出会い、そこでスパーリングに夢中になった。「ダイチをみろ。あれくらい真剣にやれ」師範が一度、皆の前で褒めてくれたことがあった。誇らしかった。その後、また留学すると言いながらダラダラと大学進学もしないで一二年家にいた時期があった。自己肯定感が下がり、その頃は精神的不安定を経験していた。あのときに打ち込める空手があって本当に良かった。なんだかんだあり、またアメリカに留学し、カレッジ卒業後にインターンで営業職をしたり、起業しよとして上手くいかず、フリーターになったりした。その時期にも、空手の道場に通い、またキックボクシングのジムに出入りし試合にでたり、柔道の道場にも通い出した。試合は、負けることが多かった。時々勝って気持ち良い思いをしたこともあるが、総じていつも自分より強い存在がいた。僕は勝つことを望んでいる。万能感、優越感、存在価値、成功体験を求めている。だからだろうか、全力でぶつかり勝敗のつく試合はいつも怖い。そしていつからか、自分のほうが実力があると感じる相手に対して、彼または彼女を負かすのが嫌になった。なるべく彼らには、力いっぱい挑戦して貰い、かつ負かされるというあの嫌な気持ちを与えたくないのだ。そして僕は今、負けることが好きだ。強い人間に挑戦する。その時点での事実を、いやでも受け入れさせられる敗北。これが、僕が成長してこれた貴重なプロセスだと感じているからだ。もちろん、勝てるかわからない相手に挑戦し、うまく技が決まったり一本とれたときは嬉しい。でも世界の頂点で居続けることなんてできない。何かで勝利できたとしても、それはまた移ろい続ける。そんな世界の中で、そしてこの身体で、全力でぶつかり、どうなるか分からない勝負をする。それはとても贅沢なことなのだと思う。講道館の柔道夏期講習にて。全力の乱取りで、沢山投げられました。ありがとうございました!素晴らしく成長できる機会でした!押忍、感謝です😁✨