クリヤヨガの衝撃2
今年4月に、どんなものかハッキリわからないものの、絶対にこれは自分にとって必要なものになるに違いないというインスピレーションのもとに、受けとった「クリヤヨガ」という瞑想は、自分の意識を大きく変えるものとなりました。これまで縁があり受け取り続けてきた瞑想も大きな土台となっています。 ババジと言われる伝説のヨガの聖者(2000年以上前から肉体の周波数を変えて今もこの地球に存在すると信じられています)が体系化し、ヨガの聖者たちへ伝承し現代に引き継がれているヨガの技法です。僕は、先の記事にも書きましたが約30年に渡りインドに行き来し活動する先生を訪ねて、クリヤヨガの伝授を受けました。それから約5ヶ月半、このクリヤヨガの瞑想を毎日行っています。 スピリチュアルや精神世界と呼ばれるものに興味が深くなった自分の発端は、大きな自己実現への思いでした。成功したい、認められたい、自分の才能を引き出し精一杯生きられる人間になりたい、そんな思いがありました。クリヤヨガは、そんな思いで生きてきたものの、いつしか非常にエゴが大きくなり、また頭でっかちになっていた自分に、体感や行動をもって宇宙的な真理を受け入れていくプロセスとなっていると感じています。 衝撃的なことでしたが、先生から伝授されて約二ヶ月後、これからネットを利用しグループレッスンに参加するというときに、先生のインスピレーションを通じてババジからのメッセージにて「グループレッスンに参加することは許されない」という通達のようなものを受けとりました。先生はババジ大使の言葉なので、どのような意図なのか分からないとおっしゃっていましたが、自分から黒くダークなものを感じるとも言われており、自分はそのことを深く受け止め内省する機会となりました。 古代から、インドでは人生には4つの目的があるとされています。それはダルマ(法則)、アルタ(富)、カーマ(欲望、願望)、モクシャ(解脱)の4つを追求するという事です。 自分自身を振り返り、たしかに自分の精神の探求は好きでしたが、カーマを求める心は人一倍いや何十倍も強い人間だったように思います。ババジを通してのメッセージは僕にとって、ダルマそしてモクシャをもっともっと真剣に求め磨きなさい、という力強い励ましになりました。 実際に、メッセージを受けてから、なお一層クリヤヨガの実践を大切に生活の中心としようと自分を鼓舞することができました。 クリヤヨガは本当に強力な自己改革のツールであると感じます。誰でもその日その日に嫌なこと不満なことなどネガティブな事は感じると思います。どのような思い出もクリヤヨガをとうしてネガティブな意識を自分より大きな源に明渡し、新しい自分として生まれ変わる。そのような「小さな死と生まれ変わり」を毎日感じることができます。 特に印象深い体感のひとつのエピソードとして、前回のブログ記事にも書いた1週間の柔道の講習に参加したときのことでした。自信が待てない自分、限界を定めてしまう自分、諦めてしまう自分、もう駄目だと思った先に、僕はこれまでにない集中力を感じました。僕にとって過酷だった稽古や乱取りをしてボロボロで帰宅しベッドにいるとき、「これでいい。ただただ進め」という強烈な自己肯定感がやってきました。「なりたい存在になる」という精神の集中と雑念の除去を自分は磨いているのだなと、これまでになく自分を肯定してあげることができたのです。 決して大きなイベントがある時だけではありません。日々の生活での自分が抱える思考の癖も、未知の領域で改善し、陰陽の意識が転換しそれが現実世界にリンクすることを感じることができます。退屈は充実に、悲観は希望に、自己憐憫は自信に、悲しい世界は喜びの世界に、一つづつですが自分が感じるネガティヴを手放し、まだ体験したことのないポジティブな意識を創る力と、実際の現実世界の展開をときに静かにときにダイナミックに感じるのです。 クリヤヨガの具体的な技法は、伝授された人間として秘密を護る義務があります。しかし、大まかに言える範囲で言えば「生命エネルギーの扱い方が根本的に変わること」であると思います。 人間の可能性を最大限に感じて、どこまでも成功を求めよういう気持ちは、愛や慈悲といった大きくてどこまでも深く僕にとってまだ未知のエネルギーへの帰還を求めるように感じます。深遠なヨガという叡智に触れたい、体感したいという気持ちが益々大きくなっています。 今年の12月から約1ヶ月インドに行こうと考えています。ババジのゆかり地であったり、クリヤヨガを現代まで伝え、僕もご縁を頂いた系統の師たちのエネルギーに触れる巡礼の旅をしたいのです。まったくの未知であり、漠然としている希望であることに変わりはありませんが、心の声が、旅をしろと囁き続けているのです。