プレゼンを技術で科学する プレゼンデザイン研究所の植田です。


プレゼンとは? と聞かれれば、

 

人それぞれに答えるでしょう。

  • コミュニケーション
  • 説得の場
  • 意思表現
  • 人生
  • ロック

これだけでは禅問答風でもあり、言葉遊びです。

 

人生、旅、ロックは、なんか考えてる風を装うとき、大変役立ちます。

 

でも、うかつに、こう答えると、

 人生とは? → 旅である。

 旅とは? → ロックである。

 ロックとは? → 人生である。

  以後、巡回

 

となりがちです。

 

プレゼンはプレゼント

 

プレゼンテーションの語源は、「プレゼント」だそうです。

 

贈り物だそうです。

 

なんとなく、わかりますよね。

 

やっぱり、そうなんだと思いますよね。

 

 

合唱練習とプレゼント

 

ちょっと、寄り道で、私の合唱の練習で受けた指導の体験をお話します。

 

かつて、子供が通っている小学校でお父さんの会が結成されました。

その活動ととして、合唱をしようということになりました。

 

曲は、「翼をください」。

 

日々の練習は、練習用パート別のCDが配布され、各個人でクルマの中で聞いて練習してきます。

 

そして、日曜日に合同練習をします。

 

最初に集まったとき、まず指導を受けたのが、「声を出す」です。

みんな、恥ずかしいので声が出ていません。

シラフで大きな声で歌うことはまずありません。

  • 口を縦に開けましょう。
  • 目を大きく開きましょう。
  • 複式呼吸をしましょう。

これらは、声を「出す」という、基礎的な発声法を、身体に連動させる「技術」です。

 

これらを、意識的にすることで、声が出てきます。

筋トレやってる感じです。

 

サンプルとして、このコーラスのビデオを見てください。特に高音パートの女性の目に注目です。

たしかに、目を開けると声が出ています。声を出そうとすると目が開くのかもしれません。

この芸術的な歌声の基礎として、確かな基礎技術があることが、目の開きで一目瞭然です。

 基本が大事だってことがよくわかります。

 



 

まずは声を出すことに専念して、歌っていきます。

すると徐々に音量が大きくなります。

第一段階の基礎段階は終了です。

 

そして、指導者に促されて、自分が聴衆となって聞くことになりました。

 

たしかに、声がよく聞こえるようになりました。

最初は、恥ずかしさもあり、絶対的な音量が足りませんでしたので。。

確かに、音量が大きくなっています。120% OKです。


しかし・・・

いまでは、音量が大きいのはいいのですが、出しすぎ?なのか、歌詞が聞き取れません。

怒鳴られている感じもあり、これではノイズにしか聞こえません。

 

そこで、指導者からは、次のアドバイスを受けました。

 

「客席の一番うしろの人に、声を優しく『届ける』気感じで、歌ってください。

 

大事な歌のプレゼントを届ける気持ちで歌いましょう。という趣旨です。

 

精神論なんですが、、

半信半疑で、これを心がけて歌ってみますと、

これが、びっくりするほど、変わります。

変わったと実感できます。

 

指揮者を通して、客席の後ろに、仮想観客として座っている指導者に揃います。

視線がそろうと、姿勢もそろいます。

 

結果、声が、きれいに束になり、柔らかになり、語りかける感じになるのです。

次の段階の技術があることがわかります。

これは、基礎体力(音量)があるからこそできるのです。

 

自分が聴衆となって聞いてみると、実は音量は逆に以前より小さくなっています。

でも、歌詞が理解できる気がします。前より伝わってきます。

力(りき)みが無いと言った表現がぴったりあてはまります。

 

歌っている団員も、なにか魔法にかけられたようになります。

 

他動的に歌わされていたから、自発的に歌うに変わっていることを実感できます。

体力づくりから、技術習得へ指導も次の段階に進みました。

 

俄然やる気が出てきて来ます。

歌詞の意味を積極的に理解して、強弱を付けたり、曲の盛り上がりだけでなく、静かな出だしも気をつけるようになります。歌をプレゼントできるようになりました。

 

精神論の後ろに、技術=科学があります。

 

 

そのプレゼンで「どうなるか」が見えているか?

 

ネットや書籍では、数々の名言集を見かけますよね。

 

最近、感銘を受けた言葉があります。

「どうするか」 を考えない人に

「どうなるか」 は見えない

野村克也

 

けだし名言だと言えますが、

野村克也が言ったからこそ、重みを感じるのでは無いかと思います。

 

お説教はだれにでも言えます。

正論には、反論できません。

そのとおりです。で終わり。

 

野村氏は、自分の野球と人生経験を通して、見つけた「型」を言葉にしたのだと思います。

 

聞いた方は、これに自分の経験を被せることで名言と思うのでしょう。

漠然と思っていたことが、言葉という「型」になって、他者と共有できるようになっているからです。

 

私の場合、この言葉を見たとき、即座に合唱指導が思い浮かびました。

合唱での「プレゼント」がきっちりはまったからです。

 

そして、今の課題のプレゼンに当てはめてみました。

 

プレゼンを「どうするか」 を考えない人に

プレゼンで「どうなるか」 は見えない

プレゼン科学研究所


「どうするか」 を考えない

合唱では、声をただ出している状態。

観客の気持ちを考えていない状態

プレゼンでは、ただ言いたいことを一方的に喋っている状態


「どうするか」 を考える

合唱では、歌をプレゼントしようとしている状態。

観客の気持ちを考えている状態
プレゼンでは、相手に伝えようとしている状態。


「どうなるか」

合唱では、観客の心を打つ イメージを持つようになれます。
プレゼンでは、その効果=相手を動かすイメージができます。

 

相手にプレゼントするようにプレゼンする。

だかろこそ、こうしよう・ああしようと考えるようになり、伝わるプレゼンになるのだと思います。

 

どのようにプレゼン(ト)すれば、相手が満足するか、考えるし、そのための工夫(技術)が必要だと思うのです。特に、大事なプレゼントをする時はとくに。

 

--- いろいろな記事に続く