プレゼンを技術で科学する、プレゼンデザイン研究所の植田です。
「空中戦」と「地上戦」について
「空中戦」と「地上戦」とは、私が使っている思考分類用語です。
プレゼンを問わず、論理を構成したりアイデアを練ったりする場合に使用する、
割とキーとなるワードです。
※この言葉の由来は、下のP.Sで補足があります。
- 空中戦 こだわりなく自由に発想・すること
頭の中でみ思考すること、または口頭のみで議論することをいいます。
考えを大きく拡張したり、発散させたりする場合に有効です。
ブレストと思ってください。
この時点では、言葉は、まだ無いか、定着していません。
- 地上戦 事実を積み上げ、論理を構築すること
紙などに、文字や図形で思考を表現して思考すること、またはそれを基に議論し、その結果を文字や図形で追記することをいいます。
考えを定着させたり、論理を検証したりする場合に有効です。
フレームワークへの当てはめと思ってください。
他人にプレゼンテーション(表現による共有)可能な、言葉になっています。
このように概念に名前をつけることも地上戦です。
夢枕獏の小説「陰陽師」では、概念に名前はつけることを、「呪(しゅ)」と表現しています。
安倍清明がなんでもかんでも、「それは、呪だ」、と言うので、源博雅は混乱してます。
例えば、「ストーカー」という行為は昔からありましたが、言葉がありませんでした。「ストーカー」と名前がついて、他人とその行為の定義を共有できるようなり、予防・対策ができるようになりました。
空中戦や地上戦は、一人で考えるケースでも意識します。
私は、今どっちモードなのかを思考の切り替えでなく、身体の動きに関連付けています。※プレゼンデザイン研究所では、「気の持ちよう」は、排除していきます。
- 空中戦をするとき、
散歩しながらとか、お風呂に浸かりながらやります。
だから、地上戦に息詰まると、散歩したり、コーヒー飲んだりします。
突き抜けるアイデアはここで生まれます。
お、イケルじゃん!と思えば、地上戦へ移行です。
- 地上戦をするとき、
紙と鉛筆をもってやります。 鉛筆持ったら地上戦開始です。
いろいろ書いてみると、突き抜けたアイデアはここで、アホらしいことがわかります。
再度、地道なアイデアを積み上げます。
積み上げに疲れると、、再度、空中戦にあげます。
多くの場合、
- 地上戦をしなければならない場面で空中戦やる。
→ 思考が定着しませんし、アホらしいアイデアや抜けや漏れが出ます。
「決めなければ」ならない場面でじつはやりがち。
- いきなり地上戦(パワポを開いて)から始める。
→ 思考が狭まります。発想が貧相になります。
締め切りが近いとかいった焦った場合によくやります。
【とある組織での偉い人の会議での風景の例】
議題の配布資料はありません。
(聞くと、紙がもったいないのでペーパーレス化したとか・・)(ちなみに、議題の事前アナウンスもありません。)タブレットでの議題の配布があるわけない。
プロジェクターで写すわけでもない。
ホワイトボードに書く人もいない。
メモも取らない。
電脳でつながっているわけでもない。
なんにもない。なんにもない。全くなんにもない。
ひたすら、口頭での空中戦を繰り広げています。
議題は回って、会議はおどります。
時間を使って考えたフリ。
時間切れで終了。
でも、ここで恐怖の一言。
「議事録まとめといてくれ。 じゃ!!」
ちゃんと、地上戦しましょう。
なぜ、地上戦をしないのか?意識や習慣の問題だけではないでしょう。
わかっちゃいるけど、できないんですよ。
だって地上戦に持ち込む発想と技術が無いんですから、、
例えば、
- ホワイトボードに書く・描く
- 箇条書する
- 表で分類する
- ロジックツリーで書き出す
- マインドマップで描く
- 付箋紙で書き出す
- タブレットで共有する
- とにかくなにかに書き出す
- 録音・録画する
などが有効です。中には、ある程度技術が要るものもあります。
プレゼンデザイン研究所では、その技術にもこだわりますが、、
まずは、かんたんなことから始めましょうと提案します。
プレゼンテーション(表出)しなければ、地上戦には持ち込めませんから。
ただ、地上戦に持ち込むことを、嫌がる人もいます。
- 目を開けて、寝ている人。
- 真剣に、寝ている人。
- 言質をとられるのが嫌な人。
P.S
私が独自で名付けて使っていると勘違いしてましたが、このブログを書いているうちに、齋藤孝氏が書籍で述べられていたことを思い出しました。なので、完全オリジナルではありません。
プレゼンデザインの根底の思想を作ってくれた本です。
| 「できる人」はどこがちがうのか (ちくま新書) [ 斎藤孝 ]
858円
楽天 |
すでに、手元にないので記憶が定かではないのですが、ブレークする前の著作なはずです。
このころ、「斎藤」と表記されています。
どのように表記するか、編集者といろいろ考えられたのではないかと思います。
「齋藤」 は複雑すぎる。みんな書けない。
「斉藤」 売れるまでは、我慢が必要。でも軽い。紛れる。
で、中間の「斎藤」取ろう!と・・・
いまでは、堂々と売れっ子さんなので、複雑な「齋藤」を使われているのかな?
--- いろいろな記事に続く
