元電通マン
本日二本目。
佐藤典司先生に会ってきました。
通称のりじ。
オリターのとき基礎演でお世話になった先生で
なんと、元電通。
先生の「広告論」受けてたんですが、
後から話をしに行くと、授業中にも気付いてくれていたみたいで。
就活が一応一段落したし、報告がてらということで。
その後も江畑は元気かとかオースティンはどうしたとか
明日の広告がどうとか、この授業がどーのこーのと
オリターの時より喋ってたかもしれません。
なんか就活を通して少しだけ広告を知って
やっと対等に話せるようになったような。
オリターと基礎演の先生、という肩書き同士の関係から離れたのも大きいかな。
なんかいろいろと覚えとってくれて、嬉しかった!
ほんとに大学ではお世話になった人が多すぎると実感。
なんか少しでも還元したいなーと、
その気持ちを少しだけ持って、会いに行ったのでした。
ちなみに、かなりおっとりほんわか小気味いい冗談を言うのりじ。
クリエイティブかと思いきや、がんがん営業。
その後マーケ行って出向していろいろ経てRitsらしいけど
人は見かけによりませんね。
「広告論」第3回
佐藤典司「広告論」:第3回(04/23,09')
授業の内容はいたって分かりやすく、かつ興味を惹かれました。
「広告」という存在を紐解いていくような、そんな授業で
+α映像あり、先生のキャラクターあり。
本日は「広告が変わってきたぞ」という内容で、その傾向。
Ⅰ.知名度アップ広告が中心に。
why?
1.流通の変化(特にコンビにの出現)
2.情報量の増加
3.不況
4.ネットの出現
5.代理店間の競争激化
Ⅱ.タレント広告の増加
Ⅲ.アイデアのある広告の減少
Ⅳ.ブランド広告の重要性が増加
Ⅴ.TV+αからネットへ
物の移り変わりが早いため、もともとタレントに付いているイメージを商品に映す。
それにコンペに勝つこと(=受注すること)が目的になってしまっている。
クライアントはブランド化ニーズがあり、広告マンは深さのない広告に嘆く。
そんな内容でした。
一番惹かれたのは、「誰のための広告か」という著名な文章。
―広告とは、枠を買った人の物ではなく、それを見て楽しみ、驚く人の物である。
今の広告はインプットさせようと声を荒げるだけで、それは聞きたくも無い街頭演説と同じである。
もちろん面白いものを作ってそれに対してpayがあるお金の流れではないから、難しい。
それでも少し共感したような、いやそれは広告マンの戯言だと思うような。
少なくとも僕の経験上、講義形式では一番面白い授業なことは間違いない。
背水の陣。
あっという間に手持ちが3つになりました。
PR会社に至っては2社。
志望する業界に行けるかどうかも怪しくなりました。
慢っていたわけではないけれども、これが現実なわけで。
だからこそ明日は燃焼したい。
これからは毎回が最終面接のつもりで。
オズマの作文のおかげで
PRにかける想いが再燃してきました。
ストーリーを構築するために、
熱さと真面目さを表すこと。
的確に、整合性をもって答えること。
精一杯の姿勢を見せること。
これが明日行うこと全てです。
頑張りましょう!俺!