BASURA | PASTBLOG

BASURA

先日の「にしのみや・アジア映画祭」にて。

ちょっと前からこれには注目していて
やっと見れたな~という感じ。

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 2006 年、新たな気持ちでフィリピンの貧しさの現実に向き合う覚悟を決め、四ノ宮浩は自らの作品の原点であるマニラを訪れた。
 そこで目にしたのは商店街の軒下で寝転ぶホームレスの家族や、街中でゴミをあさる子供たちといった初めてフィリピンにやってきた20 年前となんら変わらない貧しい人々の光景……。 そんな中、第一作『忘れられた子供たち スカベンジャー』との舞台であり、1995 年11 月に政府によって閉鎖されたスモーキーマウンテンの周辺だけはどこか整然としていて、「変わった」という印象だった。 
 20年前に撮影を通して出会った彼らはどうしているのだろうか?
 四ノ宮浩は、処女作『忘れられた子供たち スカベンジャー』を通して出会った登場人物たちをひとりひとり訪ねる旅に出た。(HPより)

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 フィリピンはマニラ近くのゴミ山に暮らす人々を描いた作品。ハンディのドキュメンタリー性と人間味で溢れている。プロデューサーが何かを意見したりするわけでなく、ただただ、映像が提示される。
 貧困ってどうしたらいいのかなあ、、と、漠と考える。
 「この国が良くなる一番の方法は、大人が全員死ぬことだ」という、劇中タクシー運転手の言葉が忘れられない。その言葉通り、子どもは実にまっすぐで、倫理観も希望もある。それに社会が応えれてないのかなあ、と。
 結局は国の「志」次第?その国が何をポリシーとして何を目指すのか。それが明確で、かつ人々が国を選べるような、そんな柔軟な世界はありえるのかなあ。ナショナリズムが「場所」でなく、人々の「心」にあれば、どうにかなるのでしょうか。
 
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