Yahoo!ニュースより。
米国の原爆投下責任を「棚上げ」、広島市幹部の発言が波紋
宮崎園子フリーランス記者
米ハワイ州の真珠湾。後方はアリゾナ記念館(写真:ロイター/アフロ)
現在会期中の広島市議会で、市幹部が、米国の原爆投下責任に関する議論を「棚上げ」すると発言した。広島市の平和記念公園と米ハワイ州真珠湾にある「パールハーバー国立記念公園」との間の姉妹公園協定について問われた際の答弁での見解表明で、核兵器廃絶を願う被爆者ら市民が問題視している。
米軍による原爆投下の地である広島と、日本軍による奇襲攻撃の現場である真珠湾の間の姉妹公園協定については、広島市が6月22日に公表。29日に松井一実市長自ら東京の米国大使館に出向き、協定調印式に臨むとの内容だった。6月19日から30日の会期で市議会が開会中だったがその場で議論がなされることはなく、一般質問で市長による経緯説明にとどまった。協定調印式は予定通りの日程で執り行われた。
「戦争の始まりと終焉の地に関係する両公園の提携は、過去の悲しみを耐えて憎しみを乗り越え、未来志向で平和と和解の架け橋の役割を果たしていくことになる」。国際化推進課の発表資料にはそんな文言が並んでいる。
この問題をめぐり、21日の市議会で、事案公表からわずか1週間で締結に至った点について疑問視する市議から、協定が米軍の原爆投下責任を不問・免罪するものではないか、と危惧する質問が出た。これに対し、市民局の村上慎一郎局長は「二度とこんな思いを他の誰にもさせてはならないと、被爆者が和解と寛容の精神で訴える中で、60年以上にわたり市民市民同士の交流を深めてきた。和解の精神とは、あくまで現時点では責任に係る議論は双方で棚上げにし、二度と戦争の惨禍を繰り返すべきではないという考え方を確認し、未来志向に立って対処していこうというものだ」と説明。「早急すぎるとか、両公園の位置づけが違うといった意見もあることは承知しているが、今後協定に基づいて未来志向の取り組みを両公園で検討し、和解の精神を具現化した交流を好事例として世界に発信したい」とも述べた。
この件は一部メディアによって報道され、22日の市議会でもこの問題に質問が及んだ。村上局長は「『棚上げ』は、和解の精神を説明するために用いたもの。姉妹公園協定がアメリカ国家の責任を不問・免罪にするためのものではないということを理解してもらうために用いた」と答弁。「現下の国際情勢を考慮するならば、その(原爆投下責任に関する議論の)解決を待つのではなく、核兵器の使用を二度と繰り返してはならないという機運を市民社会に醸成するための未来志向に立った対応を逃がさないようにすることこそが急がれる」とも述べた。
この協定をめぐる松井市長の議会での説明によると、バラク・オバマ氏が現職の米大統領として初めて広島を訪問した翌年である2017年、ホノルル広島県人会から、平和記念公園とホノルル市にあるアリゾナ記念館およびパールハーバービジターセンターとの間での姉妹公園の提携について提案があった。当時は、広島市側は「時間をかけて検討していく」と返答。しかしこの春、「G7広島サミットの開催を機に、姉妹公園協定の締結をしてはどうか」との申し出が在大阪・神戸米国総領事館側からあり、「かつては、敵味方にわかれていた日米両国の市民にとって、友好の架け橋となるもの」と、提案を受け入れることに。7月の記者会見では「もう(市長の在任期間も)4期目に入りましたし、私自身とすれば、自分で今の気持ちを多くの方に伝えてきて、条件を整える努力をしてきたと判断してやった」と説明している。
「広島市がそんな姿勢とは情けない。死んだ友人たちがどう思うか」。被爆者の矢野美耶古さん(92)は憤りを隠さない。1945年8月の原爆投下時、通っていた市立高等女学校(現在の市立舟入高)では、市内中心部で建物疎開作業にあたっていた1、2年生541人全員が犠牲になった。体調不良で休んでいたために難を逃れた矢野さん自身も遺体処理に携わるなどして被爆したが、「さぼった人間が助かった」「非国民」などと非難され、生き残った負い目を抱え続けた。「もっと早く、責任を明確にしなければならなかった。ただただ腹立たしい」
「真の和解は、加害者側の反省と謝罪、被害者に対する補償と慰霊、再発防止があってこそだ」。1991年から2期8年間広島市長を務めた元中国新聞記者、平岡敬さん(95)も市の姿勢を批判する。「米国の原爆攻撃の責任を不問にして、ロシアの核威嚇を非難できるのか。『棚上げ』論は、原爆で無念の死を強いられた死者の思いを踏みにじるものだ」
フリーランス記者
銀行員2年、全国紙記者19年を経て、2021年からフリーランスの取材者・執筆者。広島在住。生まれは広島。育ちは香港、アメリカ、東京など。地方都市での子育てを楽しみながら日々暮らしています。「氷河期世代」ど真ん中。