Yahoo!ニュースより。
G7サミット目前だが叫ばずにいられない「広島を政治ショーの舞台にするな」
配信
5月の広島はここ数年、ソワソワ・ワサワサすることが多い。海外VIPが、なぜか5月に広島に来るのだ。新年度が始まって少し落ち着き、気だるさも感じ始める人々に喝を入れるかのごとく、ピリピリとした緊張感と非日常感とが、街に漂う。
【写真】2016年5月、広島の平和記念公園でオバマ大統領は被爆者の男性を抱擁した
■ オバマ、バッハ、そしてG7サミット
2016年は、当時アメリカの大統領だったバラク・オバマ氏。原子爆弾投下国であるアメリカの現職大統領が、戦後70年を経てようやく被爆地を初訪問するということで大ニュースとなった。
夕暮れ時の平和記念公園で、オバマ氏と被爆者の男性がハグを交わした映像は、たちまち世界を駆け巡った。
一方、大統領が核兵器の発射命令を出すのに必要な機器一式を納めた革製ブリーフケース(通称「フットボール」)を広島に持ち込んだことや、17分に及んだスピーチの中で「空から死が舞い降り世界は変わった」と、自国の意思による核兵器の実戦使用を他人事のように表現したことに対し、批判の声も上がった。
2021年は、国際オリンピック委員会(IOC)委員長のトーマス・バッハ氏。新型コロナウイルスの世界的流行の影響で1年延期となった東京2020夏季オリンピックの開催に先立ち、平和記念公園を訪れた。一般市民がさまざまな制約を強いられている中での開催決定に賛否渦巻く中、そして、IOCの金権体質からバッハ氏が「ぼったくり男爵」などと揶揄される中での訪問に抗議の声をあげる人たちもいる中で、バッハ氏は「平和を発信したい」などと語ったとされる。その後次々と発覚した、オリンピック関連の各種不祥事はここに書くまでもないだろう。
そして、今年2023年は5月19~21日、先進7カ国首脳会議(G7サミット)が広島で開かれる。フランス、米国、英国、ドイツ、日本、イタリア、カナダの7カ国と、欧州連合(EU)の首脳が参加し、毎年議長国で開かれる国際会議。今年の議長国は日本で、広島選出の岸田文雄首相の「地元」で行われることになる。
開催まで約2週間を切った広島は、オバマ氏一人や、一民間人にすぎないバッハ氏の時とはまるで違う圧倒的な規模感の熱気に包まれている。歓迎ムードや機運を盛り上げようと、目抜き通りにはバナーが掲げられ、G7のロゴが入った日本酒や菓子などさまざまな関連商品が店に並んでいる。
■ 全国からの警察、学校休校、市の花や被爆樹木の伐採
総務省ホームページに残る資料を見ると、2016年に三重県であった伊勢志摩サミットは、開催前後で県内の外国人宿泊客が2.2倍も増えた。原爆ドームと宮島、二つの世界遺産がある広島は普段から観光客が多いが、コロナ禍で落ち込み、ようやく復活の兆しが見えてきた観光業界を中心に、経済効果に期待を寄せる人たちは多い。
一方で、安倍晋三元首相が奈良県での選挙の応援演説中に命を落とした昨年夏の銃撃事件、そして、和歌山県で起きた岸田首相に対する爆発物投げ込み事件で、警備に対する緊張感はピークに達している。和歌山の事件は幸い怪我人こそ出なかったものの、首相退避直後の爆発をとらえた映像は、多くの人たちを震撼させた。
こうしたことを受け、全国各地の警察が続々と広島入りしている。平和記念公園周辺では警視庁、宮島では香川県警の警察官を見かけた。広島駅近くで神奈川県警のパトカーが走る姿を小学生の息子が興奮しながら眺めるのを、親として複雑な思いで見つめた。
大規模な交通規制が行われるとあって、我が子が通う小学校など市内中心部の学校の多くでは、休校が決まった。学童保育も休み。生活の隅々に現れている影響を、庶民は粛々と受け入れるしかない。
ただ、何か、私たち広島市民の大切なものまでもが、サミットの名のもとでじわじわと踏みにじられているような気がしてならない。
平和記念公園対岸に数百メートルにわたって並んでいたキョウチクトウの木々が、警備対策の一環で根元近くからバッサリと剪定された。キョウチクトウは、米軍による原子爆弾投下で「75年間草木も生えない」と言われた広島市街で、焦土にいち早く花を咲かせた復興の象徴でもあり、市民が選んだ「広島市の花」でもある。だが、地表近くから細い幹に分かれて薮をつくる形状が、警備の観点から問題視された。
別の川沿いでは、原爆の惨禍に耐えたシダレヤナギが伐採された。爆心地から半径約2km以内に約160本残る、広島市が認定した被爆樹木の一つだった。
■ ヒロシマは望んでいない「核不使用」というレトリック
「広島ほど平和へのコミットメントを示すのにふさわしい場所はない」 岸田首相は、広島でのG7サミット開催の意義をそう表現した。ロシア軍によるウクライナ侵攻開始から1年を超えても収束の見通しが立たない中で開かれるサミット。米国のエマニュエル駐日大使は、「強固な核抑止力が存在する必要があるということを、G7は再び明確にする」などと語り、それに呼応するように、岸田首相は「過去77年間の核兵器不使用の歴史が、ロシアによる核兵器使用の威嚇によって、汚されることはあってはならない」などと訴える。
一瞬のうちにおびただしい数の人命が奪われ、今も放射線被爆に起因する病気に苦しむ人たちがいる広島は、「核兵器は作って持ってもいいけれど、使うな」ではなく「核兵器そのものはあってはならない」と絶えず訴えてきた。
しかし、人類史上初めて核兵器を人間の上に投下しただけでなく、今も世界第2の核兵器保有国であるアメリカ、そして日本までもが「核不使用」というレトリックを殊更に持ち出しているのだ。アメリカ、フランス、イギリスは核保有国。ドイツ、イタリア、カナダ、そして日本は、保有はしていないが核の傘の下にある。
そんな7カ国が広島に集って、いったいどんな内容の「平和へのコミットメント」を示すというのか。「核兵器のない世界」ではなく「核兵器によって抑止力が保たれた世界」への決意を固めるのだろうか。
■ 本当にそれが「日本と世界の明るい未来」になるのか
伊勢志摩サミット同様、広島市を訪れる外国人観光客は、オバマ氏来訪後、驚異的に増え、関係者は「オバマ効果」と喜んだ。だが、路面電車の運行を一時休止してまで、一般市民を平和記念公園から締め出してまで、「原爆投下への謝罪を求めません」と言ってまで、オバマ氏を迎えた広島にとって、観光客増以外の効果はあったのだろうか。「核兵器のない世界」という、被爆地の悲願に少しでも近づいたかと言えば、むしろ逆だ。
「歴史を直視し、苦しみを繰り返さないために何をしなければならないかを問う共通の責任がある」とオバマ氏はスピーチで語ったが、その後のアメリカは核兵器禁止条約に参加しないどころか、条約採択後も批准国に批准撤回を求める圧力をかけたことが明らかになった。冷戦期に旧ソ連と結んだ中距離核戦力(INF)全廃条約からも離脱した。
そして、バッハ氏が広島で平和を訴えても、オリンピックが「平和の祭典」だとは、まるで感じられなかった。
「会合開催地、そして全国の皆様のご協力も頂戴し、サミットと閣僚会合の成功、日本と世界の明るい未来に向け、共に歩んでいきましょう」。首相官邸ホームページには、岸田首相のそんなメッセージが掲載されている。日本と世界の明るい未来。それは、核兵器は使わない限り持っていていい、核抑止力によって平和が保たれるという未来ではないはずだ。
子どもたちの学校の給食で配られる牛乳にはG7諸国の国旗が日替わりで描かれているらしい。普段あれだけ「政治的中立」を持ち出す教育現場に、これほどまで政治が「侵食」しているとは。「広島サミットを機に世界が平和な方向へ変わった」と後々言われるものにならなければやりきれないと思うのは、私だけではない。広島の足下に今も眠る多くの犠牲者たちも、核兵器廃絶を見届けずに死んでいった被爆者たちも、冷ややかにそう感じているだろう。
この街を、「平和」を掛け声にした政治ショーの舞台として利用するな、と。
宮崎 園子