バリにいますが、
ここ数日は地に足がつかない状態です。
今がいつなのかもあまりわからないです。
地震後、2日経ってようやく妹、そして昨日は母と連絡が取れました。
仙台市若林区荒浜の津波被害が仙台で一番ひどかった海の目の前にある
老人ホームに私の祖母が入居していました。
心配で、心配でネットを頼りに色々情報を探してみると、
その老人ホームの屋上から5~6人の男女が救出を求めているが、
建物は水没し、陸路からの救出は困難。
・・・と。
もう無理だとあきらめていましたが、
近くの避難所の避難者名簿に祖母の名前があったと親戚の知人が
みつけてくれたそうです。
守られました。
私の家族、みんな無事です。
妹とセラとラニ(犬たち)は近くの小学校の避難所に行ったそうです。
犬を連れていることを告げると、体育館ではなく、ちいさな待合室のような
所に案内され、その部屋にいる方たちは幸い犬好きの方が多く、
セラは隣の方の膝で眠っていたそうです。
その方も犬の温かさで安心でき、癒されると感謝していたそうです。
母はマンションの8階に住んでいるので、
余震の揺れに怯え、ひとり車で過ごしていたとのこと。
次の日は近所の人に声をかけて頂き、
一緒に公民館にいたそうです。
昨日、妹が母を迎えに行き、
一緒にいるので
少し安心しました。
仙台の人たちは食べるものがなくなってきていることと、
原発の放射能で不安が募っているようです。
仙台市中心部は大分電気が戻ったようですが、
電気・水・ガスがない状況の地域もまだあるようです。
20日に日本に戻る予定でいましたが、
日本に着いても仙台に戻れないのではないかと
思います。
私としては1日も早く、自分の町、自分の家に戻り
家族に会い、いつもの生活に戻るための復旧に全力を尽くしたい気持ちです。
でも、今は私たちができることは限られていると思います。
まずは生存者の救出をはじめ、電力、ガス、水道、道路、など生きる基礎となるものを
ある程度まで回復させてからしか動けないですよね・・・。
映像でみる風景も、津波前後の航空写真でもそこがどこなのか、
その道はどこに続く道なのか、どんな建物があったのか、
あのお店、その店のおじちゃん、
私の通った海、めりと毎週末行っていた岩沼や深沼の海浜公園。
色んなことが蘇ってきて、悲しくて悲しくて。
どうして私の町が、私たちの遊び場だった海がこんなことに
なるのか。
自然の力にはだれも及ばない。
いつもは優しく私たちを守ってくれるこの地球、自然は
時に牙をむいて怒りを表す。
生かされていることを改めて認識する必要があるのだと思います。
これからどうなるのか・・・
不安がよぎりますが、
この負のエネルギーに流されない自分をもう一度
取り戻さなければ、と思います。
心配してくださり、多くの方から
電話やメールを頂きました。
本当に人の繋がりや思いが大切だということを
再認識しました。
本当にありがとうございます。
またブログで近況報告します。
バリは地震がきてから
ずっと天気が悪いです。
今日も朝から雨が降ったり止んだりを繰り返しています。