
老犬を連れて散歩をしていると、結構皆さん声を掛けて下さる。
目が見えなくなったビュウ
歩けなくなったバウ
脚が不自由な花
「この子、歳なの?可哀想ね。」「こんなになっちゃって、可哀想。」
「可哀想で見てられない。」「あなたも大変ね。」「この犬、歩き方
変よね。」「そんなのに乗せて、犬なのに歩かないの?」って・・・。
それはそれは毎日、毎回、そんな言葉を頂戴します。
その度に「そうなんですよ、でもこの子だけ家に置いてくると皆が
散歩に行っちゃったのが解るんで、鳴くんですよ、頑張って少しは歩くんですよ。」って説明します。
“可哀想”って言葉に、切ない悲しい気持ちになります。
ワンコは言葉が解るから・・・自分が “可哀想” って言われるのが解るから・・・「私、可哀想なの?お母さん、大変なの?」って顔をします。
“可哀想”って、不思議な言葉
きっとね、人間だったら 目の不自由なヒト、足の不自由なヒトに
「あなた可哀想ね。」って言わないと思うんだ。
それは、決して身体が不自由な事が “可哀想” な事では無いからだと思うんだけど、不思議ね
動物だと “可哀想” に思われてしまうのね。
家のワンコ達が、そんな切ない気持ちにさせてしまっているのならごめんなさい。
それでも、私達は今日も皆で散歩に行きます




