こんにちは。
ファイブカラーの三岬 奈央です。
●心が作り出す『影』 その4
時の支配者たちの、他を支配する常套手段は
「分断し、孤立させよ」だ。
「つながり」を断ち切り、孤立による無力感から
支配者に依存させる流れを作る。
表面上支配されたかのように見える民はしかし、
抑圧された不満が水面下で鬱積する。
その「負」のエネルギーの矛先が支配者に
向かないよう仕向ける必要がある。
その民の「怒り」を向ける矛先は、支配者と民の
共通するモノでなければならない。
そのための仮想の敵として「スケープゴート」身代わりが用意される。
例えば
米国支配者(国家という名)+国民 ⇒ アルカイーダ
本来、負の感情を生み出す張本人である支配者が、
仮想敵をやっつけてくれるという「英雄」にまんまとすり替る。
この意識構造から生み出された無智が、「差別」を
助長するシステムを強固なものにしてきた。
差別そのものの構造を作り上げたのは、確かに「権力者」たちだ。
しかし、その構造に“追従”したのは紛れもない我々
「中間層の庶民」なのである。
支配者・権力者たちに媚びへつらい、先住民や、
自分と同じ立場で権力者の要求を拒んだ人びとを
「賤民」に貶(おとし)めたのだ。
それはある意味、彼らに対する「畏れ」から。
それが「怖れ」に変わり「忌み嫌い」「卑しみ」へと
変化していった。
これは、現代社会でいう「いじめ」問題と
似た意識構造である。
いじめる側に追従する「何も言えない者」の態度。
はじめは自分がいじめの対象にならぬよう
“長いモノに巻かれる” 状態が、いつのまにか
強者の支配で鬱積された「感情のはけ口」として
「いじめ」に加担するようになる。
この、他を攻撃、差別、いじめる構造に共通する概念は
対象者は自分たちとは「違う」という意識。
この違いが「区別」ではなく「分離」意識になったとき
人はその差異を毛嫌し、「穢れ」と見る傾向になる。
支配者の理不尽さを認識しながらも、追従する自分をまず否認。
それでも否定できない深い意識の叫びを抑え、
自己肯定するため大義名分を作る。
「あんな奴(穢れた)だから“やれれても”仕方ない」と。
自分とは完全に「分離」した異なるモノだから。
これを深層心理学的にみると自己の内面にある
「見たくない」「受け入れたくない」モノを他に映し出し、
それを「穢れ」として攻撃するペルソナ(仮面)と
シャドウ(影)の構造。
また宗教学的にみると、すべては全体とつながってひとつで
ありながら、他をひとつの分節されたものと
捉えるのではなく、それ自体を「分離」した存在で
あると捉える無智。
この「分離」という意識構造は差別やいじめを生み出す
だけでなく、戦争、環境破壊、エゴイズム、快楽主義をも生む。
では、なぜ「分離」意識が生じるのだろうか?
つづく・・・
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☆ファイブカラー☆
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