では、なぜヒトは
さまざまな「幸運」になるための努力を
しているのに
「道 タオ」に沿った生き方をしているのに
なかなか幸運に近づかないのか?
そう。
もうお分かりだと思うが
単に天のルールに沿った生き方だけでは
秩序が整わないのである。
そこには順番というものがある。
天にカミ(火水)に、たとえ天照大神に祈っても
まず、地に足を着けること。
地とは身体をも意味する。
健全な肉体に健全な精神や宿ると
言われているように
しっかりとした身体をまず形成すること。
それは単に肉体次元の「健康」だけでなく。
それには、住環境を整え
地球にやさしい食物を育て、食し
自然に沿った生き方をすること。
この土台ができて
ようやく次のステップとして
天、星の導きを乞える。
そこには「道 タオ」が見え隠れしている。
そして、自然、神、カミという陰陽のバランスが整う。
さあ
もう一度、自身の生き方を見直してみよう。
どこかで順番が狂っていたら、
軌道修正してみると
すっと思い通りに進んでいくかもしれない。
Fin
老子の25章にある天のルール
まず、第一に
ヒトは地に法る、ということ。
大地に足を着け、
地のエネルギーを受ける。
では、どうやって?
そこで活躍するのが天文地理術である「風水」。
今日、スペインのカミーノを3人で歩きながら
「世の常識と反対のことを
選ぶとたいていうまくいく、例えば北枕で寝るとか」
と話したら
「え! 北枕で寝ていいの?」
という反応。
なぜかは、ここではカットするが
時の権力者が作った迷信に踊らされている
我われ庶民の思考を変える必要がある。
話がそれたが、
風水術が、地のエネルギーを受ける
ひとつの有効手段である。
そして
大地は天の法る、と。
なぜ風水を
「天文地理術」というのか。
それは、天空の星を考慮した学問だからである。
天の星や太陽、月の影響を大地は受けているゆえ
占星術抜きで風水術は語れないのだと。
そして天の動きは
「道」」タオに法る、つまり宇宙の原理原則だ。
その天のルールは自然の法る、
すなわち神(カミ)である陰陽だ。
この順番を間違えると
現象が動かなくなる。
古神道でいえば、
いきなり天照大神につながることは不可能で
必ず産土神社に参り、
イハナガヒメに頼んでつないでもらわなくてはならない。
天と地の役割には順番があり、
どちらが優勢ということはない。
今までは
どちらかというと
天、男性性、物質界が優位であったが
これからは母なる大地、女性性、精神性という
順番が巡ってきている。
そのターニングポイントとして
その陰陽の融合が今、世界中で起こっている。
つづく。。。
まず、第一に
ヒトは地に法る、ということ。
大地に足を着け、
地のエネルギーを受ける。
では、どうやって?
そこで活躍するのが天文地理術である「風水」。
今日、スペインのカミーノを3人で歩きながら
「世の常識と反対のことを
選ぶとたいていうまくいく、例えば北枕で寝るとか」
と話したら
「え! 北枕で寝ていいの?」
という反応。
なぜかは、ここではカットするが
時の権力者が作った迷信に踊らされている
我われ庶民の思考を変える必要がある。
話がそれたが、
風水術が、地のエネルギーを受ける
ひとつの有効手段である。
そして
大地は天の法る、と。
なぜ風水を
「天文地理術」というのか。
それは、天空の星を考慮した学問だからである。
天の星や太陽、月の影響を大地は受けているゆえ
占星術抜きで風水術は語れないのだと。
そして天の動きは
「道」」タオに法る、つまり宇宙の原理原則だ。
その天のルールは自然の法る、
すなわち神(カミ)である陰陽だ。
この順番を間違えると
現象が動かなくなる。
古神道でいえば、
いきなり天照大神につながることは不可能で
必ず産土神社に参り、
イハナガヒメに頼んでつないでもらわなくてはならない。
天と地の役割には順番があり、
どちらが優勢ということはない。
今までは
どちらかというと
天、男性性、物質界が優位であったが
これからは母なる大地、女性性、精神性という
順番が巡ってきている。
そのターニングポイントとして
その陰陽の融合が今、世界中で起こっている。
つづく。。。
「思い」は現象化する。
よく言われること。
しかして思い通りにゆかないのが
ヒトの常である。
なぜか。
理由はふたつ。
ひとつ目。
一見、思い通りになっていないように
表層ではみえるだけで、
深い意識の思念どおりなのである。
つまり、希望通りではないが
(深層では)思い通りだったと。
ふたつ目。
表層も深層意識も一致していたが
神(カミ)の意思、つまり天意ではない場合。
カ ミとは 火と水。
陰陽である。
あなたがどんなに強烈に思念しても、
それが陰陽アンバランスな希望なら
宇宙秩序を乱すことになり、
天は許可しない。
それは、3歳の子どもがどんなに
父母に欲しいモノをねだっても、
子のためにならない希望は
叶えてもらえないように。
そのしくみが
老子 第二十五章 にある。
人は地に法(のっと)り
地は天に法り
天は道に法り
道は自然に法る
この秩序がわかると、目の前の、一見
不合理な出来事に深くうなずける。
つづく・・・
