3月11日
3月11日
今、布団にもぐりこみながら、スマホいじりながら、ブログ書いております。
これから、とあるお店に出勤前の
なんのへんてつもない
ダラダラとした時間の過ごし方。
ただ、こんな時間が
とても幸せであると。
今日はとくに。
感じます。
6年前の3月11日。
あの日の、あの時間。
自分は、いまはもうないとある横浜のお店で、
エスプレッソマシンの前に立ち、
コーヒーを淹れておりました。
夢だった自分のカフェであった
二子新地の55CAFEを一身上の都合で、クローズしたあと、
夜のお仕事やらいろいろとやったりで、
いろいろありまして、
その後、とあるお店に雇っていただけることになり、
自分は、あの日のあの時間
お客さんのためにコーヒーを淹れておりました。
ガタガタガタ。
あまりの揺れの強さに
コーヒー淹れている場合ではなくなり、
天井の照明が落下するのでは?
ただならぬ揺れ
自分の身の危険も感じつつ、
なによりもお客さんの安全確保
というわけで、
お客さんをお店の外に誘導。
誘導し終わったあと、
窓から外を眺めたら、
地面がぐにゃぐにゃに波打っているようにみえた。
その光景は、今も鮮明に記憶に残っております。
あの時、現実になにが起きているのか?
理解できなかったのですが、
その後、流れてくるニュースや映像で、
徐々に現実を受け入れていきました。
被災者ではなく、
いち視聴者として
傍観していただけの自分。
自然災害のまえに
無力な自分。
なんにもできない。
ただ、生きている幸運だけがあった自分。
あれから6年。
いろいろなことがおき、
いろいろと環境や仕事、
自分の価値観や心も変わりましたが、
幸運なことに
自分ではどうすることもできない
自然災害にあうこともなく、
ラッキーなことに
今、布団の中で
スマホいじりながら、ブログ書いている状況です。
生きているのです。
しかも、それなりに健康な状態で。
ちなみに、
6年前のあの日のあと、
なぜか
鎌倉の材木座で
小さなカフェを一人切り盛りすることになり、
5年を過ごしました。
海がすぐ近くだったので、
小さな地震でも、
あの日の記憶が蘇り、
もしかして
鎌倉にも津波が。
なんて恐れていました。
これまた運よく
鎌倉の材木座のカフェで
好きな珈琲淹れながら、
お客さんともいろいろと楽しく時間を共有させてもらったりで、
自分ではどうすることもできない自然災害にあうこともなく、
津波で命をさらわれることもなく、
無事に5年を過ごせました。
ただお店は、訳あってもうお店としての形はなく、記憶の中だけに存在しております。
いろいろと自分でどうにかできること、
どうにもできない自然災害などありますが、
ただただラッキーなことに
自分は、今を生きております。
今日まで。そして、今日も。
明日のことは、わかりませんが、
いろいろと
今生きていることに
感謝し、
この日だけは、
心にいつも以上に刻みこむ。
そんな3月11日。
毎年、そんな3月11日。
とりあえず元気です。
ただラッキーなだけですが、
それってとてつもない幸せなことだと。
普段は、忘れてしまいそうな
今、現実に自分が生きていること、
そして、まわりの人も生きていていることのすごさ。
大切な命を失ってしまった人や大切な人を失った人の気持ちは、
実際にあの日をニュースの映像でしか、みていない自分にはわかりませんが、
せめて、わかろうとする優しさというか、
そんな風に、思いやることができる人でありたいと。
なかなか難しいし、
言葉でいい表すこともできません。
3月11日。
布団の中から
なんとなく心の赴くままに
綴ってみました。
あの日、エスプレッソマシンの前にたっていましたが、
再び、別のお店で、コーヒーマシン前にたつ日も来るかもしれません。
それも、自分が生きているからこそ。
できること。
年月はたち
記憶も薄れていくかもしれませんが、
今を大切に。
ではでは。

今、布団にもぐりこみながら、スマホいじりながら、ブログ書いております。
これから、とあるお店に出勤前の
なんのへんてつもない
ダラダラとした時間の過ごし方。
ただ、こんな時間が
とても幸せであると。
今日はとくに。
感じます。
6年前の3月11日。
あの日の、あの時間。
自分は、いまはもうないとある横浜のお店で、
エスプレッソマシンの前に立ち、
コーヒーを淹れておりました。
夢だった自分のカフェであった
二子新地の55CAFEを一身上の都合で、クローズしたあと、
夜のお仕事やらいろいろとやったりで、
いろいろありまして、
その後、とあるお店に雇っていただけることになり、
自分は、あの日のあの時間
お客さんのためにコーヒーを淹れておりました。
ガタガタガタ。
あまりの揺れの強さに
コーヒー淹れている場合ではなくなり、
天井の照明が落下するのでは?
ただならぬ揺れ
自分の身の危険も感じつつ、
なによりもお客さんの安全確保
というわけで、
お客さんをお店の外に誘導。
誘導し終わったあと、
窓から外を眺めたら、
地面がぐにゃぐにゃに波打っているようにみえた。
その光景は、今も鮮明に記憶に残っております。
あの時、現実になにが起きているのか?
理解できなかったのですが、
その後、流れてくるニュースや映像で、
徐々に現実を受け入れていきました。
被災者ではなく、
いち視聴者として
傍観していただけの自分。
自然災害のまえに
無力な自分。
なんにもできない。
ただ、生きている幸運だけがあった自分。
あれから6年。
いろいろなことがおき、
いろいろと環境や仕事、
自分の価値観や心も変わりましたが、
幸運なことに
自分ではどうすることもできない
自然災害にあうこともなく、
ラッキーなことに
今、布団の中で
スマホいじりながら、ブログ書いている状況です。
生きているのです。
しかも、それなりに健康な状態で。
ちなみに、
6年前のあの日のあと、
なぜか
鎌倉の材木座で
小さなカフェを一人切り盛りすることになり、
5年を過ごしました。
海がすぐ近くだったので、
小さな地震でも、
あの日の記憶が蘇り、
もしかして
鎌倉にも津波が。
なんて恐れていました。
これまた運よく
鎌倉の材木座のカフェで
好きな珈琲淹れながら、
お客さんともいろいろと楽しく時間を共有させてもらったりで、
自分ではどうすることもできない自然災害にあうこともなく、
津波で命をさらわれることもなく、
無事に5年を過ごせました。
ただお店は、訳あってもうお店としての形はなく、記憶の中だけに存在しております。
いろいろと自分でどうにかできること、
どうにもできない自然災害などありますが、
ただただラッキーなことに
自分は、今を生きております。
今日まで。そして、今日も。
明日のことは、わかりませんが、
いろいろと
今生きていることに
感謝し、
この日だけは、
心にいつも以上に刻みこむ。
そんな3月11日。
毎年、そんな3月11日。
とりあえず元気です。
ただラッキーなだけですが、
それってとてつもない幸せなことだと。
普段は、忘れてしまいそうな
今、現実に自分が生きていること、
そして、まわりの人も生きていていることのすごさ。
大切な命を失ってしまった人や大切な人を失った人の気持ちは、
実際にあの日をニュースの映像でしか、みていない自分にはわかりませんが、
せめて、わかろうとする優しさというか、
そんな風に、思いやることができる人でありたいと。
なかなか難しいし、
言葉でいい表すこともできません。
3月11日。
布団の中から
なんとなく心の赴くままに
綴ってみました。
あの日、エスプレッソマシンの前にたっていましたが、
再び、別のお店で、コーヒーマシン前にたつ日も来るかもしれません。
それも、自分が生きているからこそ。
できること。
年月はたち
記憶も薄れていくかもしれませんが、
今を大切に。
ではでは。
