最期の晩餐。最期の珈琲。 | 徒然なるままに

最期の晩餐。最期の珈琲。

突然ですが、

明日、世界が終わるか、

明日で最期になるとしたら、


皆さんは、

最後の晩餐に何を選びますか?


ふとそんなことを思ったので、

今、ブログに書いてます。


自分の場合、



おそらく三ツ星高級フランス料理店の

フォアグラ料理ではなく、


ビンテージものの

高価な赤ワインでもなく、


いつも食べている「白いご飯。」


そして、


いつも飲んでいる、「いつもの珈琲」を

選ぶと思います。



しかも自分で炊いたご飯でもなく、

自分で淹れた珈琲でもなく、


最後の晩餐は、


自分が大切にしている人が、

自分のために、作ってくれたものだと最高です。


ご飯と珈琲。


食べ合わせは、よくありませんが、


とにかく

いつものものを・・・

誰か・・・大切な人が作ってくれたもの。


そんなものが、

一番美味しく、


最後の晩餐に相応しいと思うのです。


人によって違うでしょう。


それぞれの人生があるように

それぞれの最後の晩餐もある。


なんだかんだで、

ここ数年、毎日、お店で珈琲を淹れてます。


もしも・・・


自分が淹れた珈琲が、

お客様にとって、

最後の珈琲になるならば・・・


そう想像すると


果たして、自分は、どんな珈琲を

どんな風に

そして、どんな味で、

どんな風に

お客様にお出しするのでしょうか?


日常の中、

何気なく普通に飲んでいる珈琲が、


お客様にとって、最後の珈琲になるとしたら・・・


そう考えると、


普通にあるように思える珈琲が、


まったく違う価値のものになります。


自分は、日常にある最も普通・・・にあるよるなものを

最後に晩餐に選ぶだろうと。


改めて考えると


日常にあるものこそ

実は、とてつもない至福なことだと。


普段、私服で食べている白いご飯と

私服で、飲んでいる珈琲が、


至福であり、

人生のフィナーレに相応しい晩餐になると。


ブログで書きながら、

そんなことを

自分自身改めて、思うのです。


なんだかよくわからない内容になってしまいましたが、


皆さんも考えてみては、いかがでしょうか?


明日で最期になるとしたら・・・


誰と何を食べますか?


誰と何を飲みますか?


その答えは、

本当に大切なことに

気がつくヒントになるかもしれません。


それだけ責任がある仕事なのかもしれません。


僕が珈琲を淹れることも。


なんだか自戒の念と

反省も。


材木座cafeで、

自分が淹れた珈琲を


大切な人と

最期の晩餐に選んでくれる方は、

いるのでしょうか?


もしもいてくれたら、

最高の喜びであり、

すごく責任ある仕事だと思います。


ではでは。