来週の木曜はいよいよ感謝祭。


といっても






$海馬の焦燥 





『TBSオールスター感謝祭』じゃなく、




『サンクスギビング』と言われる、アメリカとカナダの祝日。





アメリカの祝日は実は地味になんだかんだとある。
でも大抵は公務員だけ祝日扱いで民間は普通に働いてたりする。



つまり









$海馬の焦燥 







ジャックさんが家でごろ寝してるときに








$海馬の焦燥 





アリーたん含め、他の弁護士さんは働いてるってこと。






、、、と感謝祭の説明から遠く離れてしまったが、感謝祭は全国民の祝日。








そして、親戚家族が集まる言わば日本のお正月状態。



でもね、感謝祭の背景ってなんかとっても微妙。





困った時のウィキピディア!コピペっ!!


文字だらけでキモっ!







感謝祭の由来
感謝祭は、イギリスからマサチューセッツ州のプリマス植民地に移住したピルグリムファーザーズの最初の収穫を記念する行事であると一般的に信じられている。ピルグリムがプリマスに到着した1621年の冬は大変厳しく、大勢の死者を出したが、近隣に居住していたインディアンのワンパノアグ族の助力により生き延びることができた。翌1621年の秋は、とりわけ収穫が多かったため、ピルグリムファーザーズはワンパノアグ族を招待し、神の恵みに感謝して共にご馳走をいただいたことが始まりであるとされる。しかし、イギリス人の入植者もワンパノアグ族も秋の収穫を祝う伝統を持っており、この年のこの出来事は特に感謝祭と位置づけられてはいなかった。プリマス植民地で最初に祝われた1623年の感謝祭は食事会というよりもむしろ教会で礼拝を行い、神に感謝を捧げる宗教的な意味合いが強かった。



アメリカでの起源説
イギリスからマサチューセッツ州のプリマス植民地に移住したピルグリムファーザーズは“宗教的自由を求めてアメリカ大陸に来た”というのが通説として信じられている。さらに彼らがアメリカ大陸に来た理由には、当時のイギリスでは宗教の自由が無かった為に、彼らが信じる宗教の布教活動が移住の目的だったとも考えられている。[要出典]
1620年に彼らがアメリカ大陸に来た時点で、ニューイングランド周辺にいたインディアンのうち約90%は病気により死亡していた。その理由としては、1492年にコロンブスがアメリカにやってきた際に、当時アメリカ大陸内では存在しなかったヨーロッパから運ばれたインフルエンザ菌、その他の病原体に対する抵抗力が無かったということがある。[要出典]
その結果、1620年にピルグリムファーザーズがプリマス植民地にやってきた際には、無人状態となったインディアン達の住居や日用品を使うことで厳しい冬を過ごす事ができたという。したがって、インディアン達が彼らに食料や毛皮のジャケットなどを提供し、両者の間に友好関係があったとされるという事実は確認されているとは言いがたい。[要出典]
事実とは異なった話が一般になっている背景には、マサチューセッツ植民地の統治者ウィンスロップがアメリカにはインディアンとの間の戦争や虐殺、略奪という暗い歴史しか無いので、「明るい話を広めよう」と使われたとも言われている。[要出典]白人の間で現在広く伝えられている“感謝祭”の歴史は史実とするには議論の余地がある。[要出典]



インディアンにとっての感謝祭
一方、インディアン達は「感謝祭」は、この日を境に先祖達の知識や土地がヨーロッパからの移民達に奪われた、「大量虐殺の始まりの日」としている。
1969年のアルカトラズ島占拠事件では、これに賛同したインディアンたちは「感謝祭の日」に合わせて数百人がアルカトラズ島に上陸した。
ワンパノアグ族を中心に、ニューイングランドのインディアン部族が結成する「ニューイングランド・アメリカインディアン連合」は、「ピルグリムファーザーズ」のこの「感謝祭」にぶつけて同じ日に、「全米哀悼の日 (en)」としてデモ抗議を毎年行い、喪服を着て虐殺された先祖達に祈りを捧げている。







インディアンと入植者との間には血なまぐさい歴史があるだけに、私は結構どん引き。日本じゃこんな祝日考えられないし~平和ボケしてるのかしら?





征服したもん勝ち、みたいな。
でもアメリカ人って多分殆どインディアンの血って入ってるはず。だとしたら自分のご先祖様にはどういうつもりなんだろう、、、、、ちょっと切ないし。多分形式化しててもうそんなに深く考えないんだろうな~





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