以前からの「引き寄せ」の効果・活用を
お知らせしていますが、
また実例がまたありましたので
シェアしたいと思います。

●今回の「引き寄せ」

場所は三重県桑名市の六華苑。



四日市で仕事があるので、
地元の方に「なんかない?」って
聞いたらこちらを紹介してくださりました。

なぜいつもこの場所に惹かれるのだろう。暮らす街を非日常な視点で巡る@桑名

大正期の洋館、設計はジョサイア・コンドル。
明治期の鹿鳴館などを設計したお雇い英国人技師。

この頃の日本は破格の金額で
超一流の「若手」技師を招いていたんですね。

「街づくり系」の不動産オーナーで、
木造建築の長期修繕のノウハウや
内装には高い関心を寄せています。

なので機会があればこういった
「重要文化財」は足を運んで見に行きます。

基礎はどうなのか、モルタルはどうなのか、
防水工事は。見るところはだいたい「つなぎ目」。

内装であれば「部材」もさることながら
「採光」や「風通し」。

この辺りが木造建築物の維持管理の
重要なポイントです。

なにしろ日本は「シロアリ」の国ですから。


●施主は「諸戸家」

施主は「諸戸家」。

2代目の新婚新居として2年の歳月をかけて
1913年に竣工。

初代は一代で日本有数の山林王となった
諸戸清六。

累々と続く庄屋家でありながら、
先代が新規事業「塩」の商いに失敗。

莫大な借金を抱えながらも
「米」の仲買で成功。
「相場」ですね。

明治維新という時代の動乱に乗り、
三菱の岩崎弥太郎の縁で、
大蔵省御用の米買付方に。

そして、日本有数の山林王。

今でこそ、「山」は「山」でしかありませんが
明治期の「山」は利回りにして
薪、材木などきちんと手入れをすれば
年8~10%の利回りを生んだ
れっきとした「投資対象」です。

晩年には桑名の街へ水道の敷設。

もちろん私財で。

桑名は木曽三川の河口の街、湿地帯。
水事情は当然のように悪く疫病も流行りやすい。

まずは自宅用にお試しで。
上手くいったので街の人に無料で開放。

20年運用しノウハウも積されたので
行政に寄付。

邸内の肖像画を見れば
ちょっと「えっへん」(笑


●茶室

和室があるので当然のように
「炉縁」が切ってあるか確認をします。

もちろん、あります。
一の間にも二の間にも。

床の間があって、書院棚があって。

貴人畳がそこで、正客がそこで、
風呂先がここで、水屋口があちら。

そのように稽古場のレイアウトを
イメージしていくと
「なるほど!」

旧家のお見合いの席になるわけです。

来客があり、薄茶を呈するにあたり、
点前を見れば
まずはの「人となり」は
わかりますから。

花は咲き、風は爽やかに
水に翠が映え、鳥が立ち寄り、、、。

「ある」とは予想していました茶室。
庭園を含め、松尾流のお家元の監修。
「なるほどねぇ~」と。
※筆者は裏千家。


●呑み込め、責任はあちらがとる

いろいろと説明文を見ていくと、、、。

「いやね、彦左の屋敷を継いだ時にね。
初代長次郎の赤楽、一文字(ほぼ国宝)もあってさ。
流しちゃったんだよ。

若い時で忙しかったから
まさか将来、お茶をやるなんて
考えも及ばなかったんだよ。

今、思うと残念なことをしたよな」

そんなこと言われても俺は知らんよ。

「鈍翁(益田鈍翁)との茶事は楽しかったよなぁ。
あの一期一会。」

そんなこと言われても俺は知らんよ。
だいたいあんたの道具、

全部大名物(おおめいぶつ)じゃないか。
扱いきれない。

「先週の研究会、覚えているかい?

出席しただろう。大名物の扱いだろ、、、」

町衆で、数寄よりも傾いたかぶき者で
権威とかリスペクトせんよ。
しかも武骨粗忽。

だいたい道具だって大名物よりも
稽古場で「誰とどうした」というの
ストーリーに価値を置いているし。

そもそもカネかかりすぎ。

「あ~、カネのことなら
一人送っておいたから。

メンターとしてリスペクトして、
しっかり教えを学んでね。

ちゃんと稼げるようにしてくれるから。」

ここの場所も、あの人も流派、違うよ。

「心配無用。入口に一冊置いておいたから
よく読んどいて。じゃ、後はよろしく。」

全く、亡くなられた方との問答は

いつもこういった調子で外堀が埋められています。

帰りがけに受付に行けば、
裏千家発行の雑誌があり、
この「六華苑」の特集。

しかも再入門した時に
先生から「よかったら見といてね~」
みたいな軽い調子で渡された一冊。

引き寄せ、流れてきたら
元気よく、

ハイ、承りました。

 

あとは全てを預けるしかありません。

さて、これからどうなることやら。