修学旅行in沖縄① | SECRET PARADISE

こんばんは、櫻珈琲です。



意外とみなさん興味を持ってくれてるみたいなので修学旅行のこと簡単に書こうと思います。笑



明日、書こうと思ってたんですけど、

その明日からテスト勉強であまり時間がとれない事実に気付きました←




あ、そうだ前記事の模試のことなんですけど私、偏差値の良し悪しが分からなくて・・・。



誰か基準とか知りませんか?




----*修学旅行*----




1日目



5時起床



6時40分学校着



9時過ぎ沖縄着



まさかの台風接近で大雨&強風



沖縄ではまだまだマシな方だと現地の方はおっしゃいましたけど立っているのが辛いくらいでした。



沖縄の人たちはこのような環境で生活されてるんだ、と思うと改めてすごいと思いましたね。



だって、年に数回こういうことがあるわけでしょ。



大変だよね。



その天候のせいで予定とかかなり変わったんですけどとりあえずランチはビーチからバス内になりました。



ある意味焼けなくてラッキーとか思っていたヤツは私です←



昼過ぎからひめゆり資料館→糸数アブチラガマの順で見学。



ガマがね、ほんとすごくて。



当時のまんまというか。



引率してくださった方が説明されてたんだけど、そのガマには井戸があって多くの人が生き延びることができた半面、動けなくなって兵士たちがたくさん運ばれてきたらしいの。


そこで5月末から16人(くらいだったかな?)のひめゆりの女学生たちがつれてこられて、兵士たちの手当てに当たったんだけど、ひめゆりの子たちに対して兵士が200~300と運ばれてくるから段々と手が回らなくなって包帯を何週間もかえることができなくなったりし、それを外すと大量のウジ虫がわいていたりして、それらの処理もひめゆりの子たちが行ったと。


それに手足が壊死したような兵士もいて、でも薬や麻酔が満足になく、ひめゆりの子2人係で兵士を抑え込んで一人が鋸で切り落とすっていうこともあったらしい。


その切られた手足の処分もまた私たちと同じような年代のひめゆりの子たちが行って。


そんな悲惨なことがたくさん重なって、最後動ける人が逃げた後、残った動けない兵士はアメリカ軍の火炎放射に包まれたり・・・。


そのあとが未だに残っていて天井部分は煤だらけで真っ黒だったよ。


その時の爆風で飛ばされた鉄板が天井にくっついたままだったりもして。



考えさせられるよね。



その後、ホントは平和記念公園でセレモニーを行う予定だったんだけど大雨で中止になりホテルに向かいました。



ホテルについたらすぐに夕食。


バイキングだったよ。


紅イモそばみたいなのがあってすっごい美味しかった!


そば好きにはたまらんです。



その後は各自、部屋に戻って自由時間。


丁度7時だったからVSみたよ~♪


まわりに友だちいる事なんて気にせず叫んでました←


「にーのー!かわいいいい!」


「やばあ、しょーさーん」


みたいなね。笑



お風呂に入って8時半からレクリエーション。


私はブラックボックスでしたぜーい。


触る前に大体見当がついちゃったんだよw


理由はニオイ。


箱に近づいたらこんにゃくのニオイがするのw


で、手を入れたら糸状だったから


「あ、糸こんにゃくね。」って。



そんなレクも終わり10時前に部屋に戻りました。


10時半消灯でTVも全部消さないといけないんだけど電気だけ消してめっちゃ小音で見てたよ。笑


だから嵐ちゃんもばっちりですww


ほかの部屋の子曰く、先生が入ってきて

寝るまでここにいる

とか言われたみたいだから私たちはラッキーだったのかな?w



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なんだか思いのほか長くなっちゃったので次に続けますね。