FITSTAGE 笠原清志 ブログ

FITSTAGE 笠原清志 ブログ

フィットステージ代表 笠原 清志のブログです。

久しぶりの投稿です


母が認知症になってからの事を中心にブログを更新していましたが


2023年2月頃から、認知症の症状で食べた物を飲み込めなくなり、口に含んでは吐き出す毎日...


口からの栄養が取れなくなった母に、栄養をどうやって摂るのか?

点滴にも限界があるので、選択は胃瘻してチューブから栄養を与えるか、自然に過ごすのか、先生に息子の私が選択を迫られました


勿論いつまでも生きてて欲しいし、忘れるとか、そんな事はどうでも良く、母が生きてて欲しいという気持ちがあるからこそ、悩みました...

極端に言えば息子の私が、母の命の選択をしなければならない


辛い選択でした...


私の希望だけで言えば生きてて欲しい

でも胃にチューブを繋いで無理やり栄養を与えて、感染症のリスクもある...

認知症の症状はピークと言っていい...


母がどう思うのか?今までの母の生き方...

本当にチューブで栄養を取る事を母が望むのか?

とてもとても悩みました


でも私もそうですが、延命して生きる事を、きっと母は望んで無いと考え、胃瘻をやめて、お腹からの点滴のみでお願いしました


勿論長く続く事はなく


2023年7月


天国へ旅立ちました...



朝方施設から連絡があり、呼吸が浅いと...

すぐに施設に向かって母の元へ...

最後を看取る事ができました


耳は最後まで聴こえるらしいので、母の兄妹に電話して、孫にも連絡...


私も母に感謝の気持ちを伝えました


でも元気な時にもっと伝えなきゃダメですよね...


ここまでブログを更新できなかった理由もあり、2年以上経ってようやく更新できました


亡くなった時は、葬儀だの手続きだの、母の子は私しか居ないので(私の兄姉はいますが腹違いの兄姉です)

バタバタ気を張って行なった記憶があります


悲しい気持ちも勿論ありますが、母が亡くなったのに、落ち込んで無い自分が居て、自分って冷酷なのかな?

育てくれた祖母の時は泣き崩れて、立ち直るまで時間がかかったのに...

大人になると、気持ちが無くなるのかな...

そんな風に思ってしまうほどでした


でも...


1年経ってから 


運転中に意味もなく涙が出てきたり...


このブログは勿論、携帯の母の写真を見れないくらい

母の死を受け入れたく無い自分が居ました


最後の選択が間違って居たのでは?

無理やりでも生きてて欲しかった?


自分が殺した?まで思う事も...


もっとたくさん会いに行けば良かった

もっと食べれる時に美味しい物を食べさせてあげれば良かった

もっと散歩したり、一緒に思い出を作れば良かった


もう後悔しか無かったです...


あれから2年


2026年になって、ようやくこのブログを読み返したり、写真も見れるようになりました


2023年の1月には、プリン食べれてたんだな...

それから7月まで頑張ったな...


亡くなる数日前に施設で母の誕生会をしてくれて


お花と服を買って会いに行き


施設が用意してくれたケーキを、周りの人は全員食べてるのに、母だけスプーンでクリームを口に舐めらせてあげて...

美味しいって聞くと


全く食べてないのに...頷いて...


それからはベットで寝てる時間が増えて...


あっという間でした...



亡くなる1ヶ月半前には、孫と散歩して ピース✌️までする母




こうやって 少しづつ 思い出してみれるようになりました


親がいつまでも元気じゃ無い


いつでも会えると思ってた父も母も、義父や義母も


もう居ない...


皆んなが経験する事なんでしょうけど...


今元気にご両親がいらっしゃる皆さんに


心から伝えたい


親はいつもでも元気にいるわけでは無いです


会える時は会いに行って


感謝の気持ちをたくさん伝えて欲しいです


当たり前では無い わかって居ても行動するのは難しい

自分の生活もあるし


でも1つ言えるには 死んでしまったら 何もできないです


親なんて、子供に会えるだけでどれだけ幸せか


親になって本当にそう思います


親孝行なんてしなくていい


生まれてきてくれた事で一生分の親孝行してくれてるし


自分が今そう思うように


父や母もそう思ってくれていたのだと...


気が向いたら、見返すためにも またブログを更新します


最後まで読んで頂きありがとうございました