馳せる思い
日本から遠く離れた北欧の国のスタンスに初めて触れたのは、中学校に上がる寸前の頃。当時も今もわたしは画才がなく学校の絵の学年の展示会が嫌で嫌でたまりませんでした。張り出された自分の絵が、あまりにもまわりの生徒のものと違い、子供ながらに劣等感を感じたものです。しかしその時、たまたま学校に教育視察に来ていたスウェーデン人の女性が、わたしの絵を見るや意外にも褒めてくれたのです。それはお世辞かもしれませんでしたが、その時通訳してくれた人から伝えてもらった言葉を今でも覚えています。
「あなたの絵が一番楽しそう」
その絵は学校近くの町並みを描いたものでしたが、わたしは自分の好きな色を無理やり絵の基調色にしていたり、町並みのディテールを細かく描く技術がなかったので様々なものをディホルメして描いていた記憶があります。まわりの友達や先生からはバカにされていましたが、彼女の言葉で随分とコンプレックスが解消されました。
また、かの国の音楽がスウェーディッシュポップとして日本に浸透した際に、わたしはクラウドベリージャムが大好きになりました。北欧の雪国の音楽がこれほどまでに刺激的だとは、それまでは考えもしなかったので大きなカルチャーショックでした。
時は流れ、近年様々なメディアで日本でのスウェーデン文化の露出が活発になり、特にデザイン関連の認知度は目覚しいものがあります。日本人の慣れ親しんだデザインにはない奔放性を感じられ、それらと出会う度に自分の中でスウェーデンに対する憧れが蓄積されていきました。
わたしの中の断片的なスウェーデンを見つめ返しながら、わたしは今更ながらに決意をしたのです。大きな事はできませんが、この波を逃さず何かをしようと。その一環としてこのブログを有効活用していきたいと思います。
「あなたの絵が一番楽しそう」
その絵は学校近くの町並みを描いたものでしたが、わたしは自分の好きな色を無理やり絵の基調色にしていたり、町並みのディテールを細かく描く技術がなかったので様々なものをディホルメして描いていた記憶があります。まわりの友達や先生からはバカにされていましたが、彼女の言葉で随分とコンプレックスが解消されました。
また、かの国の音楽がスウェーディッシュポップとして日本に浸透した際に、わたしはクラウドベリージャムが大好きになりました。北欧の雪国の音楽がこれほどまでに刺激的だとは、それまでは考えもしなかったので大きなカルチャーショックでした。
時は流れ、近年様々なメディアで日本でのスウェーデン文化の露出が活発になり、特にデザイン関連の認知度は目覚しいものがあります。日本人の慣れ親しんだデザインにはない奔放性を感じられ、それらと出会う度に自分の中でスウェーデンに対する憧れが蓄積されていきました。
わたしの中の断片的なスウェーデンを見つめ返しながら、わたしは今更ながらに決意をしたのです。大きな事はできませんが、この波を逃さず何かをしようと。その一環としてこのブログを有効活用していきたいと思います。