さて、2014年が訪れ、もう3日目になる。
新年の決意を何にすべきか少し考えたのだが、あえて細かい決意はしないでおこうと決めた。
わたしの新年の決意、nyårslöfteは
・(人生、生活を)わたしの感覚で楽しむ
・人と自分を比べない、人の意見や常識に惑わされない、自分を持ち認め尊重してやる
の2つだ。
大晦日、情けないことに全くすることが無かったというのもあり、パ-トナ-の家族と過ごした。
パ-トナ-の家族が「今年(その時点での。現在でいう去年)良かったこと、悪かったこと、おかしかった(変だった)ことを一人ずつ発表して行こう」と提案し、それが嫌だったわたしは、席をはずしてみたり、来ていた子供と遊んだりして逃げていたのだが、最終的には逃げ切れなくなった。
答えを聞かれ、わたしから出た答えは「Ingenting(何も無い)」だった。
特に思いつかなかったし、発表したくなかったし、考えるのも多少面倒だったというのもある。
少し気まずい空気を感じ、「悪かったこと」を話し出したわたし。
その「悪かったこと」もあまり笑える内容ではなかったので余計にまわりは気まずかったと思う。
「何か面白かったことは?」と聞いてくれるパ-トナ-の母に「面白いことじゃないけれど良いことといえばパ-マネントビザが取れました」と報告し、まわりから「おめでとう」の言葉をいただき乗り切った。
スウェ-デンに移住してきて、今年の春で2年になる。
頑張らないといけないと思い努力はしてきた。
まわりの人の滞在歴と語学力、仕事の有無などを自分と比較し焦ったりもした。
そうしてやってきたが、その結果が「楽しかったことを簡単に思い出しもしない」生活だ。
毎日の基本の生活、生きやすさは、日本と比べると断然スウェ-デンが楽なのは確実なのだが、「楽しかった・良かった!!」と思う大きな出来事がないのだ。
いや、実は一つあった。しかし、パ-トナ-の家族に言う種類のことではないような自粛するのが正しいことだと考える。
とにかく、あまり「あ-、あの時こうしてこうで、楽しかった---!あの時はよかった---!」というのが無いのだ。
だから、来年の暮れには「今年は良かったこといっぱいありました!(やりたいことを出来ました)」と報告できるような年にしたいと考えている。
少しずつスウェ-デン人の生き方に感化されつつあるわたし。
人生は楽しむもの、貯金なんか心配しない!
語学なんかやってりゃ(やめなきゃ)そのうち出来るようになるだろう!
文法間違い?そりゃ、vad tråkigt! でも、まあ、大丈夫でしょ。
仕事?チャンスがあればやればいいや。
それより、興味あることやってみなさいよ。
結婚?する人はするんじゃない?
と、力を抜いたものの考え方が出来るようになりたい。
何かあったときに「どうしよう」と思うのではなく「へ-、そうなんだ-。知らない-。どうでもいい-。」と思える人になりたい。
Aさんはスウェ-デン語が流暢?
Bさんの旦那様はお金持ち?
Cさんは滞在歴変わらないのにフルタイムの仕事持ち?
Dさんは技術持ち?
へー、すごいね。
でも、わたしには関係ないね。
彼(彼女)たちはわたしじゃないからね。
と、そういう風に人と自分を比べて焦ってしまったりしないようになりたい。
人と趣向が違うことで変に悩んだりしないようにも。
実際、大晦日にパ-トナ-の家族(子供たちは除く)とスウェ-デン語で話すのもやめた。
というか、やまった。
Hej, tack, ja, nejくらいは勿論言うが、他は殆ど英語だ。
自信がなさ過ぎてスウェ-デン語をパ-トナ-の家族のもとで容易に発せられない為、わたしは喋らない、ただそこにいるだけの人のようになることがほぼ毎回になっていた。
読んでくださっている方の中には、「甘えるな」と思う方や「あ-、ギブしてしまったのね・・・」や「逆戻りしてる」と思われる方もおられるだろう。
しかし、わたしがパ-トナ-の家族でスウェ-デン語を練習する必要は無いのだと気づいたのだ。
学校やランゲ-ジエクスチェンジで、移民の友人たちと、赤十字の教室で、などと練習する機会は他にもある。
練習して上達したあたりで、いきなりすらすらと家族にスウェ-デン語を披露しだし驚かせるのも面白いではないか。
わたしが今、もっと重きを置きべきなのは語学を通してではなく、自分をもっと知ってもらうことでパ-トナ-の家族と人間関係を築いていくことではないかと考える。
だから、会話に使う言葉が英語であれど問題は無いはずだ。
諦めた・逃げた人間だと思う人は思えばいい。
今年わたしは他人の言うことはどうでもいいのだ。笑
みなさまも気が抜けた楽しい2014年がおくれますように。
(注)睡眠導入剤を服用してからブログ記事を書き始めてしまったので少しおかしい箇所があるかもしれない。 そこは大目に見ていただければありがたい。