「変わりたい、変わろう」と気付いてしまったら、それまでのステージに留まろうとしたって現実が許してくれない。
それでも留まろうと踏ん張り続けても、最後には無理やりひきはがされる。
俗に言う「カルマの燃焼」っていうのは、「天の理」に反してしまうからとんでもなくつらい体験になる。

もし、あなたが今の状況をつらいと感じているなら
「私は今や過去の状況に留まろうとしていないか?」
と自分に問いかけてほしい。

恐れは人の本能。執着もまた人の本能。
決して自分一人でぬぐえるものではないんだ。
一人でふさぎこんでしまう気持ちも絶対出る。

その時、自分の心をそっと覗いて感じてほしい。
あなたの心に火が灯っていること。
つらい想い、苦しい想いをいくら重ねたとしても、
決して消えない心の火があるってことを。

それこそが、あなた自身が灯した新しいステージへの道しるべなんだ。

心の火はとても小さい。
こんな小さな火に全てを託すことは怖い。
でも、その心の火は決して消えず時が経つにつれて大きなかがり火になっていく。

今までの環境に執着したい自分。
それも人の本能だから仕方ない。
でも、新しいステージに立とうとする意志もまた人間の本能なんだ。

現実世界はあなたの潜在意識の投影だ。
つらいことも苦しいことも新たなステージを求めるあなたの心の声の表現でしかない。

入学式の時に感じる、全く新しい現実にひとかどの不安と緊張と、新しい世界への期待を覚えているだろうか。

古い世界に留まろうとするのは、脱皮するのを我慢し続けているザリガニみたいな状態。
どうがんばっても、最後は諦めて脱皮するしかない。
どれだけ傷ついても産みの苦しみを味わおうとも、変わることこそが「天の理」なんだから。

僕だって傷つくことは怖い。
新しいステージに立つ時には、誰にでも不安と期待が入り混じる。
それでも脱皮するのを恐れて死ぬくらいなら、いくら傷だらけでも新しいステージに立ちたい。

変わらないのは不自然だ。
流れない水はやがて腐って腐臭をまき散らす。
刻々と変化し続けることが生きるということだ。
僕らは死ぬまで変化し続ける。
止まるのは死んだ後でいい。

人は死ぬことで伝説を残すけど、僕らはまだ生きている。
生きている以上変化し続けるしかない。
世界はどんどん変わっていくから。
人は変わらないように頑張ることもできる。
でもそれは「天の理」に反すること。

つらく険しい道。
それだったら、変わりゆく自分を受け容れてしまえばいい。
変わることが当たり前。
「変わっていかなければならない」では、ないんだ。

もし、ほんの少しでも「変わりたい」という望みを持ったなら、あなたはすでにスタートラインに立っている。
新しいステージを歩み出してしまっている。
「今、ここ」にあるステージを認識して、そこに全力を尽くせばいい。

昔に戻りたいから苦労する。
流れに身を任せてしまえば、その新しいステージのルールを覚えればなんてことはないんだ。
さっさとあきらめて変わってしまおう。
新しい自分こそが、本当のあなたなんだから。